第5話 兵藤あやめ
まだまだ衰えることのない夏の日差しの中を「芥川」は日傘を持ってくれ、それをあやめの方にかたむけるように彼は隣を歩いてくれた。
「芥川」には車で送ると言われたが、それを頑なに断ると、彼は少し話したいからと、自宅近くまで送ってもらうことになった。
きっと、傍から見たら仲睦まじい恋人同士に見えることだろう。
今日、太宰にさえ会わなければ、どれだけこの時間が幸せだったことか。
さっきの身も凍るような体験の後では「芥川」と二人でいることもなんだか複雑である。
「別に隠してた訳じゃないんだけど、この辺りは諏訪の人間ってだけで嫌な顔されるから」と彼は切なそうに微笑む。
「芥川」の本名は諏訪悠護と言い、現在、あやめの通う学校高等部二年生だという。そして予想通り、諏訪護の兄であった。
「太宰がごめんね。同じクラスってだけで迷惑なこと頼んじゃって」
「いえ……」
先程、「芥川」もとい、諏訪悠護に説明を求められた太宰は、ツラツラとさっきとは違った理由を述べた。
要約すると、もうすぐ夏休みも終わるため、少しでも護が学校に行きやすいように、護の話相手になってくれないかとクラスメイト一人一人に声をかけていたのだ、というようなことを話していた。
恋愛云々といったことは一言も口にしていなかったことから、たぶんその話はしない方がいいのだろうと、察しはついたため、あやめもその話には触れないでおくことにした。
「護、学校で迷惑かけてない」
「……」
なんと答えていいかわからず、黙ってていると彼は苦笑する。
「体育祭の件は聞いてる。護の仕業じゃないかって噂になってるんでしょ?」
この人は答えづらいことばかり聞いてくる。
あやめが黙っていると、彼は自分でそれに答える。
「多分そうだよ。僕もそんなことあったから――」
「……え?」
「うちは昔からそういう家系でさ。陰陽師っていうの?うちの御先祖様はそっちの人だったらしくて、妙な物が見えたり、変な力が使えたり、それで、占いとか、お祓いとか今でも生業にしてる。僕もそういう力をコントロールできるように訓練してきた。嘘だと思うでしょ?でもいるんだよ、そういう人間が」
「……」
「だからね、見えるんだよ。夏目ちゃんの肩に白い手が……」
「えぇっ!!」
あやめがぎょっとして飛び跳ねると、悠護はケラケラ笑う。
「なんて冗談。僕が言うとみんな怖がるからさ」
「今そういうのやめてくださいっ!」
今この状況でその冗談は本気でシャレにならない。
「ごめん、ごめん。夏目ちゃんからかうと面白いから。でも、まあ確かにうちはそういう家系みたいだけど、僕は全然そういうのないから、だからこれからも仲良くしてね、夏目ちゃん、いや、あやめちゃん」
そう言って諏訪護の兄は屈託なく笑った。
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