第4話 兵藤あやめ



あやめは困惑した面持ちで無表情の太宰という男を見る。



「……すべてを信じた訳ではありませんが、お話はなんとなくわかりました。でも私にどうしろって言うんです?まさかですけど、恋人になれとか、言わないですよね?」



「もちろん、そのような理不尽なことは申しません。ただ少し、護様の話相手になっていただけませんか?護様はあの日以来部屋に引きこもったままなのです。このままでは護様の呪いはさらに強くなってしまいます。無論、兵藤様の安全はかならずこちらでお守り致しますので」



そう言われたら余計にそんなこと引き受けたくない。しかし、引きこもりのクラスメイトを放っておくのはもっと気が引ける。



「……電話とかでもいいですか?そう言われたら、なんだか諏訪くんに会うのが少し怖いので……」



「申し訳ありません、護様は通信機器との相性が悪く、すぐに壊れしまうため、お持ちではないんです。できれば扉越しに声をかけて頂けないでしょうか」



……そんなことがあるわけ?


ますますそんな相手に会いたくない。



太宰は車方へ歩いて行き、乗れたとばかりに後部座席の扉を開ける。



どうしよう……



すると、手と足が糸で吊られているかのように勝手に動き出し、意思とは関係なく、ぎこちなく車の方へ進んで行く。



な、何これっ!!気持ち悪いにも程がある。これが、彼の言う呪いなのだろうか……



抗うすべはなく、操られるまま、すでに体は車のそばまで来ている。その様子を太宰は満足げに微笑んでいるように見えた。



その時、突然後ろからビクッとするような低い声がした。



「太宰、何してる?」



それと同時に急に身体の自由が聞くようになった。目の前の太宰の顔色はみるみる青ざめ、さっきまでの余裕げな表情を失っている。



太宰のただならぬ様子にあやめが何事かと振り返ると、そこには図書館でたまに会う「芥川」という青年が眩しいくらいの白いシャツを着て立っていた。



「あ……」



夏の強すぎる日差しのせいで、あやめには彼が光っているように見えた。



「芥川」という青年はツカツカとあやめの横まで歩いて来る。



「芥川」は髪をきっちり七三で分け、細身ですらっと背が高く、整った面持ちだが、それを隠すように黒縁の眼鏡をかけていた。真面目な文学青年といった感じだ。



彼はその見た目通り本が好きで、よく文学の棚の前で鉢合わせるため、話すようになった。



一見、真面目そうに見えるが、話してみると変わった面白い人で、時折「そこに小さいおじさんが……」と冗談を言ってあやめを笑わせてくれたりもした。


そんな一風変わった彼にあやめは淡い恋心を抱いていた――



「うちの太宰が怖がらせてごめんね、夏目ちゃん」



あやめは彼に「夏目ちゃん」と呼ばれていた。たまたま手にしていた本が夏目漱石の「こころ」だったからだ。そして彼が芥川竜之介好きということから彼を「芥川さん」と呼んでた。高校生だとという事は知っていたが、本名は聞いたことがなかった。



うちの太宰――



彼が目の前の男をそう呼んだ瞬間から嫌な予感しかしなかった。



「あの、芥川さん……」



「何?」



あやめは重々しく聞く。



「……もしかして、芥川さんって、諏訪護くんお兄さんなんですか……?」




その時「芥川」の頬がピクリと痙攣したようにひきつるのをあやめは見逃さなかった。



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