第2話 諏訪護

薄暗い蔵の中。


真夏というのにそこの空気は冷たく淀んでいた。蔵の上の方にある窓の雨戸はすべて閉められていたが、僅かなすきまから夏の日差しが抜け目なく差し込み、護はその明るさに目が覚た。


その時ちょうど陰鬱な音で柱時計が鳴る。時計の針は3時を指していた。明るいので午後の3時であることはわかる。



護は手を伸ばし読み古した本に手を伸ばす。それは護の世話係である太宰が食事と一緒に差し入れてくれたものだ。護は迷わず折り目のついたページを開き、食い入るようにそれを見る。



「天秤座女性と蠍座男性の相性……天秤座は社交的で明るい性格です。一方の蠍座は真面目で慎重な性格です。あってるんだよなぁ……兵藤さんはそんな感じだし……そんな正反対の性格を持つ二人ですから、打ち解けるのに時間はかかりますが、お互いの違いを補うような関係性を築ければ良い組み合わせとなります、かぁ……」


ここに閉じこもってからどれ位経つのだろう。それくらい護はここから一歩も外に出ていない。


ここは諏訪家の敷地の外れにある座敷牢だ。昔から家業の末、正気を保てなくなった者をここで隔離していた場所である。


曰くつき場所ではあったが、護はいつの頃からかここを自分の部屋として使うようになっていた。陽のあたる場所でしか生きられない生物がいるように、ムカデのように日のあたらない暗くジメジメした場所でしか生きられないものもいる。


護が溜息をつくと同時に昨日食べた夕飯の食器が触れてもいないのに次々と音を立てて割れた。


護は精錬な兄とは違い、後者のジメジメした人間であり、陰鬱な場所にいるほうが力がみなぎるのであった。


しかし、それは時と場合による。


「こんなんじゃ、学校なんか行けない……」


今度は蔵の梁がバキッと折れる音がした。


このまま蔵に押しつぶされ死んだほうがさぞ家族も喜ぶことだろう。自分はこの家系の呪われた忌み児であり、その上引きこもりお荷物なのだ。


なのに……ムカデみたいな僕は今恋なんかをしてしまっている。


それは隣の席の兵藤あやめさんと言って、今年の中二の春に東京から転校してきた子だ。明るく、友達もすぐにできて、その友達の勧めで今は弓道部に入っている。


清楚な長い黒髪が似合い、窓から風が吹くとその長い髪がサラサラのなびく。こんな彼女をそばで見ていられるのは隣の席の特権だ。


本が好きみたいで、この前は夏目漱石の本が机に置いてあった。


そんな明るく文武両道の彼女はこんな僕にも「おはよう」といつも挨拶をしてくれていた。


そう僕たちは少しづつだか距離を縮めていたはずだっだ。


あの日が体育祭が来るまでは……


僕は何をとち狂ったか陽気なフォークダンスの輪の中にいた。女子は全員僕を避けていたが、僕はもしかしたら兵藤さんは自分と踊ってくれるのでは?と淡い期待をしてしまったのだ。


あと4人、あと3人と女子をやり過ごす。兵藤さんの姿が段々と近づいてくる。


鼓動がうるさすぎてオクラホマミキサーなんて1ミリも聞こえない。


その時だった。触れてもいない隣の女子が突然、鼻血を出して倒れ、僕の周りの生徒が次々に同じように倒れた。


僕は陽のあたる場所に出てはいけない人間だと、その時悟った。


僕はその輪から逃げ、そのまま引きこもった。



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