こじらせ陰陽師の初恋奇譚

nishi

第1話 兵藤あやめ

とある夏の昼下り。


中学は既に夏季休暇に入っていた。

入部している弓道部の稽古を終え、学校近くの店で部の友人と涼んだあと、兵藤あやめはいつものように角の交差点の所で友人たちと別れた。


日傘をさしていても汗がじわりと滲み出し、長めの黒髪は一つにまとめているものの、毛先がその汗により首筋に不快に纏わりついている。道の先は蜃気楼のようにゆらゆらして見え、暑さのためか人気もなく、セミの声すらしない。静かすぎる通りをあやめは一人歩いていた。


その時歩道横を一台の古めかしい黒の高級車が通り過ぎ、少し先でハザードランプを点灯させ停まった。自分には関係ないだろうと、足を進めると、中からスーツ姿の若い男性が降りてきて、歩いてくるあやめに向かい深々と頭を下げてきた。


周りを見回すものの、そこにはあやめしかいない。人をジロジロ見るのは失礼だと思いながらも、視線は若い男を捉える。短髪で清潔感のある黒髪に縁無しの眼鏡は知的な印象を受ける。年の頃は二十代後半くらいに見えるが、彼から感じられる落ち着きは二十代では出せないものだ。


「兵藤あやめ様でごさいますね」


男はあやめにそう声をかけ、このような形で声をかけてしまった非礼を詫び、続けた。


「唐突ではございますが、私は諏訪家の家の者でごさいまして、その使いで参りました」


諏訪家?使い?


「兵藤様は護様、いえ、諏訪護のクラスメイト、そして席が隣りというご関係だと聞いております」


クラスメイトの諏訪護と聞き、あやめは「あぁ」と頷く。


「……もしかして、諏訪くんのお兄さんですか?諏訪くん元気してますか?諏訪くんずっと学校休んでたから……」


諏訪と言えばあやめの隣の席の男子生徒である。最後に会ったのは2ヶ月くらい前の体育祭だっただろうか。彼はその日を境に学校に来なくなった。


諏訪という生徒は無口で、クラスで彼が誰かと話しているところ見たことがなく、いつも一人だった。


彼が一人なのには理由がある。

去年転校してきたあやめはその理由を噂好きのクラスメイトから聞いていた。


彼の家はこの当たりでは有名な神社であり、代々狐つきの家系であるという。お狐様からの神託を授け、占いから霊障の相談、除霊などを執り行っており、事実として、彼の兄を叱った小学校の教師が不可解な事故にみまわれたことから、彼の一族に関わると呪われると噂がされたそうだ。


ちなみにその兄というのがあやめの学校の高等部の生徒なのだ。

しかしながら、

「お兄さんですか?」と聞いてみたが、どうみても目の前の男は高校生にはみえない。男は兄ではなく、諏訪家の執事のようなものであると答えた。


その答えに納得するも、執事がいるという事実にあやめが驚いていると、男はまた頭を下げた。


「どうぞ、兵藤様。護様のお隣席というよしみで、護様を助けてはいただけないでしょうか?」


助ける?


「諏訪くん、何かあったんですか?」


執事は顔を上げあやめを見る。眼鏡がひざしでキラリと反射する。


「護様はどうやら兵藤様に恋をされているようなのです」


暑さのせいで聞き違えたのかとあやめはゆっくり二度瞬きする。


「えっ……恋ですか?」


「おそらく。普通の中学生なら拗らせておいても全く問題はありませんが、諏訪家の人間が心を病みますと、死人がでる恐れがあります」


夏を思い出したようにセミが一斉に鳴き出した。

あやめはふいに目眩を覚えた。

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