第21話
「ねぇ。わたしのことを見て。わたしの目を見て」
「はい」
「ばかなの。ねぇ。死のうとするなんて」
「いや、刺されたし。不可抗力」
「知ってるんだから。カジュアルな服の人とスーツの人が守ってくれるんでしょ」
「それは、まぁ、そうだけど」
「でも、守ってくれなかった」
「まぁ、向こうにも別な仕事とかが」
「無いでしょ」
「無いのか」
「無いわよ」
「無いかぁ」
「なんで死のうとしたの?」
「だから、死のうとしたわけじゃ」
「うそつかないでよ」
「うそじゃ」
無言。
「うそじゃない。うそだけど。うそじゃないんだ。説明が面倒なだけで」
「じゃあ説明して」
「おまえのせいで刺された」
「うそ」
「うそだよ」
「なんなのよもう」
「とにかく。刺されたものは仕方ない。でもほら。軽傷だから。ぜんぜん痛くないから。これで」
彼が黙る。
「これで勘弁してくれよ」
彼が。
ゆっくりと。
泣きはじめる。
「良い機会だなと思ったよ。刺されたことにすら気付かなかったけど。刺さったやつを見て、あぁ、これで死ねるって思った。手で引き抜こうと思ったんだけど、力が入らなくてだめだった」
涙を抑え込むのに、数秒。
「あいつが死んだように、俺も死ぬんだって」
そしてまた。
「これで死ぬんだって、思った。思ったのに」
泣きはじめる。
「なぜ、生きてるんだ。俺だけが。なぜ」
泣き続ける彼を、抱きしめた。
彼が、泣き止むまで。
抱き続けた。
「はぁ。もういい。わかったわかった。くるしい。しぬしぬ」
「あ、ごめんなさい」
「軽傷か。軽傷なんだよな」
彼。にこっと笑う。
「はずかしいなぁ。派手に死んでやると思って、それで絆創膏1枚だぜ。はずかしいよ」
なんと言って、なぐさめれば。
「あ。今なぐさめる言葉考えただろ?」
「いや、そんなことは」
「目覚めないと思って、ベッドに潜り込んで泣いてたんだろ」
「ないてない」
「はぁ。ばかみたいだな。俺は」
彼。にこにこしてる。
「俺は、ばかだな」
「うわぁ」
抱かれる。
「ありがとう。助かった」
「え。なにが?」
「刺されて、死にかけて。助かった」
「いみわかんない」
「正直、俺もいみわかんない」
彼は、やさしかった。さっき力任せだったわたしが、なんかこう、残念。
「でもほら。意味が分かることのほうが少ないだろ。漢字だってまだ書けないし」
「なんで漢字」
「まぁ、とにかく。これでいい。これでいいんだ」
抱かれてる。
彼の温度を、感じる。
生きてる。
「おまえ。綺麗な顔だな」
「え、今?」
「今。初めて、おまえの顔を見た気がする」
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