第16話

「できた」


 書けるようになった。

 制服。

 制と服で、制服。


「あれ」


 めっちゃ先生がたくさんいるけど、彼女がいない。


「彼女は」


 演劇部。そうか演劇部か。


 先生に先導してもらって、演劇部まで向かう。


 いつのまにか、先生が色々と教えてくれるようになった。彼女と出会ってから、なんか、日常に色がついたようになっている。彼女のおかげだと、思う。こうやって、勉強もできる。


 ただ。


 あいつのことは、忘れていなかった。

 ばかでいる。生きるために。

 ばかの意味を、履き違えていたらしい。勉強ができないことは、ばかではなかった。

 日常の機微や、精神的な成長を無視する。それが、たぶん。ばかでいることの、本当の意味。


 ばかだと、先生は色々と教えてくれる。これが、たぶん。あいつが死んで教えてくれたこと。


 じゃあ、彼女は。


 演劇部の前まで来た。先生方は、邪魔するとわるいとか言って大挙して帰っていった。


 演劇部のドア。


 彼女の、声。


 ノックせず、開けた。


「あ」


 見知らぬ学生。


 そして、上下黒のインナーの、彼女。とても綺麗な、かんざし。そして、貼り付けたような、よそ行きの笑顔。


「どうしたの?」


 彼女が、駆け寄ってくる。その表情で、とりあえずは正解だと悟った。


「見てくれ。漢字が書けたんだ。制服」


「ほんとだ。すごいすごい」


 学生。自分と彼女の隣を、走って出ていく。


「ありがとう。助かった」


 彼女の顔から、貼り付いた笑顔が消える。


「いつも、こうなのか?」


「まあ、そうだね。特に女には好かれちゃうの」


「さっきの。女だったのか」


「あなた、ほんとに人の顔は見えないのね」


「まぁ、人も風景の一部だと思ってる」


「わたしは?」


「綺麗な簪だ」


「ね。いいよね。この簪」


 彼女も彼女で、大変なのだと思った。


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