第5話「マジックドラゴン」

”地竜はねぇ、本当に厄介なんですよ。

増えすぎると列車を傷つけたり家畜を食べたりするけど、狩り過ぎると今度は餌のシロツノ鹿が作物を食い荒らす。

だから、この土地の者は夏になると地竜を間引いて、山を安定させるんです。


もちろん最初の肉は竜神様と白竜様にお供えして、その後は夜通しの大宴会ですな。これが楽しみで猟師やってるようなもんです(笑)”


うそぶき山近隣に住む猟師のインタビュー





「この子の名前を決めよう!」


 宣言したのはリッキーだ。何やら無駄に張り切っている。


「そうだなぁ。シルヴァというのはちょっと強すぎるかな。男の子ならパーシーとかロクストンがいいけど、性別が分からないからなぁ。女の子ならポーラとか?」


 出てきた名前は何なのかと聞いたら、全部冒険小説やら映画やらの登場人物らしい。こいつはこいつで面倒くさい。


「ドラゴンの名前で、男女どちらでも使えるやつだろ……”パフ”って言うのはどうだ?」


 先程までリッキーのたわご……語りを聞き流していた隼人がつぶやいた。

 彼にしてはまともなネーミングセンスである。


「きゅーきゅー」


 幼竜も気に入ったようで、ぱたぱたと羽ばたいて隼人の周りを回っている。


「また飛行機関連じゃありませんよね?」


 今までの行いがあるだけにすぐには信用できない。

 そんな隼人もこの方面で信用が無いことは自覚しているらしい。苦笑して付け加えた。


「アメリカでそう言う歌が流行ったろ? 竜と少年の冒険と別れの歌詞だ」


 そんな歌あっただろうか?

 ラジオでも聞いた事は無いし、話題になったならレコードについて小耳に挟んだこともある筈だが。

 リッキーも同じらしい。首をかしげている。


「聞いたことないなぁ。本当にアメリカで流行ってたの?」


 隼人は何故知らないのか、と言った体で歌を口ずさんで見せた。どうやらうろ覚えらしく要領を得ない。そもそマリアの英語力ではあまり難しい単語は無理だ。


「おかしいなぁ。父さんが買って来てくれた記憶があるんだよ。誕生日祝いとかで」

「え? 隼人の家にレコードプレイヤーがあっんですか? 初耳ですけど……」


 レコードもプレイヤーもそれなりに高価だ。庶民が買うのはそれなりの背伸びと覚悟が居るだろう。気軽に揃えられるものではない。


「いや、レコードじゃなくてだな。俺が買ってもらったのはCD・・で……」


 CD? また聞いた事の無い単語が出てきた。それが何なのか尋ねようとした時、突然隼人が頭を抱えてうずくまった。


「ちょっと!」


 駆け寄って有無を言わさず口に水筒を突っ込む。汗が酷い。

 そのまま寝かせてベルトを緩めようとした時、むくりと体を起こした。


「悪い。もう治った」


 ハンカチで頭を扇いでいたリッキーが口をぽかんと開ける。

 いきなりうずくまるような熱中症日射病が一瞬で治るものだろうか。


「治ったって……」

「良くわからないけど、一瞬だけ凄い頭痛がしてすぐ治まった」


 どういう事か問い詰めようとしたが、本人が一番不思議そうにしている。聞くだけ無駄だろう。

 そんな心配をよそに、もう隼人は歩き出している。

 仕方なく後に続いた。


「それで、パフの話だったよな? あれは確か……何だっけ?」


 まるで落語家のように後頭部を叩いて、何かを思い出そうとしている。

 いつもならまた奇行が始まったと相手にしないだろうが、目の前の光景にうすら寒いものを感じた。

 幼竜――パフもまた気づかわし気に頭の上を飛び回っては顔を覗き込んでいる。


「ねえ、隼人っていつもあんななの?」


 リッキーも何か感じ取ったらしい。

 いきなり皆が知らない歌詞を諳んじ、存在しないものをあると言い、頭痛と共にすべて忘れてしまう。

 いくら奇行癖があると言えど、それは彼の所業では無かった。


「いいえ、こんな事は初めてです。隼人の奇行は全部何かの目的を達成する為でした。こんな何の理由も無いのにおかしい事を言ったりはしません」


 もしかしたら、棲みかを荒らされた白竜が呪いをかけてきたのだろうか?

 いや、山を警備するレンジャー達はもっと深くまで入っているはずだが、もしかしたらさっきのパフへの扱いが怒りを買ったのか?


 ただちにこいつを縛り上げ、街に連れ帰った方が良いのでは?

 そんな選択肢も浮上する。


「まあ、心配かけて悪かったよ。もう大丈夫だから山頂めがけて邁進……ぶわっ!」

「きゅー!!」


 何事も無かったように歩を進める隼人を、パフが許さなかった。

 三度顔に張り付くと首を茂みの一角に向け、必死に吠えている。


「何でしょう?」


 自分でも気づいている。問いかける声が硬い。

 ここはもうゲートの外だ。何が出てきても不思議ではない。


「備えておこう」


 リッキーがしゃがみこんでリュックを開ける。

 中から取り出したのは、革製のポーチ。サイズは大人の掌ほどの長さで、三角形のへんな形をしている。

 留め金を外して出てきたのは、銀色に光る小さな拳銃。今までマリアの人生に縁の無いものだった。


「何でそんなものを……?」


 当然の疑問だが、リッキーは弾倉をグリップに押し込みながら、一言だけ答えた。


「家から持ってきた」

「持って来たって……」


 ようやくパフを引き剥がした隼人が、悲鳴を上げてうずくまった。

 茂みから大勢の竜鳩りゅうばとが、群れになって飛び出してきたからだ。

 マリアとリッキーもたまらず頭を低くする。


「ここを離れよう。あの鳥は何かに追われて……」


 立ち上がった隼人だったが、またすぐに大地を抱擁することになった。

 鳥を追って突進してきた、仔馬ほどの地竜を避ける為に、全力で飛び退いたのだ。


「くそっ!」


 普段の上品さとかけ離れた悪態と共に、リッキーがトリガーを引いた。

 西部劇のような重低音を期待したが、小さな花火が弾けるような銃声だった。

 何発か発射された弾丸はほとんど外れ、1発だけ背中に命中する。が、硬い鱗に阻まれて血の一滴も流させることは叶わなかった。


「25口径じゃ駄目かっ!」


 何が駄目なのか良くわからなかったが、とりあえず何かが駄目らしい。


「何かもっと凄い武器とか無いんですか!?」

「無理だよ! これを持ち出すだけでも大冒険だったんだ!」


 矛先を変えた地竜が、今度はリッキーに向けて突っこんでくる。

 拳銃を握ったままの彼は、攻撃するか逃げるか、一瞬逡巡しゅんじゅんしてしまう。

 反射的にマリアがリッキーに体当たりして地竜の進路から外す。


 地竜は低級の竜だが、人間の間では家畜を襲う害獣だ。

 数が増えると里に下りてくるので、レンジャーやハンターが定期的に個体数を調節している。嘯山うそぶきやまに至っては、列車との接触事故も起きているので、やっかいな存在だった。


 まだ立ち上がりきれない2人に向け、大口を開けた地竜が距離を詰めてくる。

 この種類の竜はブレスを吐かないと聞いているが、毒液でも吐きかけてきたらどうしよう。

 獰猛にぎらつく目に射すくめられ、上手く立ち上がることが出来ない。


「お父様っ……!」


 張り上げた声は助けを求めるものなのだろう。それは敗北宣言だったが、意思とは関係なく腹の奥から吹きあがって来る。

 これを言い切ってしまえば、きっと座り込んで泣き叫ぶしか出来なくなる。分かっているのに堪えることが出来ない。


 地竜の体がびくりと震え、そのまま跳ね飛ばされた。

 相手は地面を一回転して、むくりと立ち上がる。


「下がって距離を取れ!」


 むくりと起き上がった隼人を見て、彼が身体強化の魔法で体当たりをかけたのだと分かった。

 しかしももう打ち止めだろう。彼の魔法は丙級、つまり最低位の威力しかない。10秒も使えば打ち止めだ。


 だが手札はもう1枚あった。

 拳銃を両手で構えたリッキーが絶叫しながら地竜に突撃したのだ。

 先ほどはマッチほどの威力も発揮できなかった攻撃が、近距離から撃ち込んだことで右眼に命中。銃弾は瞼で防がれたものの、泣き所に強い衝撃を受けた地竜は、甲高いだみ声を吐きながら走り去った。


 危機を逃れた3人は、呆然と後姿を見送ったのだった。




※『Puff, the Magic Dragon』はフォークソングの名曲です。版権はまだ切れていないので記載できませんが、是非曲や歌詞を探してみて下さい。大人にも子供にも響く名曲だと思います。

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