第6話「作戦会議」
”あの時は、何ていうかな。
凄く心地よかったよ。あれこれ言い合わなくても、それぞれで意見を出し合って、お互いを補い合いながら目標に向かう。そう言えば、お前らと大騒ぎしてた時もそんな感じだったっけ。
いずれにしても、あんな小さい時に”あの感覚”を経験できたのは、まさに竜神の導きだな”
南部隼人のインタビューより
「ねえ、あのまま放っておいていいのかな?」
リッキーが言った。拳銃を手にぶら下げたまま。
「大丈夫だろ。数が増えすぎなきゃシロツノ鹿を狩ってくれる益獣だし」
暫し呆然とした後、そんな話をしている場合でないと気づいた。
全員、放り出した荷物を無言で集め始める。後の事を考える余裕はない。
「弾はあと何発ある?」
隼人が尋ねたのも「一応聞いておく」以上の事は無いのだろう。
なにしろ二十ナントカの銃は獣には効かないらしいから。
「もう3発しかない」
案の定良い返事は返って来なかった。
2人のやり取りに聞き耳を立てながら帽子を拾う。麦わら帽子はずたずたになっていたが、もう夕方だからどうせ意味がない。
「魔法の方も厳しい。そろそろ陽が暮れるから、明日の朝にならないと……」
魔法は第二の太陽から賜ったものだ。
竜神が召喚した祝福の天体は、地上にマナを降り注ぎ、魔法使いに力を与える。
つまり太陽が出ていなければ隼人はマナを補充できない。
3人は、攻撃手段が全くなくなってしまった事実に直面させられる。
このままもう一度襲われたらどうなるか分からない。
「そもそもおかしい。地竜はあんなに見境なしに獲物を襲ったりしないし、獲物が居ない人里には滅多に出てこない」
迷い出てきた個体が、体当たりで車両を破損させる事故は時折聞く。だが人が食われるなど聞いた事が無い。
こちらから襲わなければ普通は襲ってこない生き物である。
「別の何かに追い立てられたんでしょうか?」
それはありうる。
学校にレンジャーの隊長が講演に来た時、そんな話をしていた。
「もっと大きな竜が暴れているとかは無いよな? そうなったらもう冒険どころじゃないぞ?」
「きゅうぅー」
パフが残念そうに首を垂らした。
彼を街に連れ帰ったら、白竜の元に連れて行くのはもう隼人達ではないだろうから。
「2人が帰るならしょうがない。でも僕は……」
「まあまあ、話を聞いてくれ」
例によって意固地さを見せるリッキーだったが、今回は隼人に言葉を遮られた。
彼は鞄から引っ張り出してきた懐中電灯を点灯し、地図に当てる。
「コースを変更しよう。線路を外れてこっちの道を行けば、レンジャーの監視所がある。そこに行けば何か情報が手に入るかもしれない。ラジオくらいあるだろうから、忍び込めば山で何か起こっているか分かる筈だ」
レンジャーが何人いるのかは、隼人でも分からないそうだ。
だが常識で考えて何十人もいるはずがない。居留守を狙えば行けるかも知れない。
「レンジャーの人に見つかったら?」
「そこでマリアの探知魔法だろ。レンジャーは定期的に巡回するから、留守を狙って監視所に入り込む」
結局自分の魔法頼みになるようだ。
まあ、ここなら大丈夫だろう。
「その代わり、本当に危ない竜とかが暴れてるなら、問答無用でレンジャーに助けを求めるからな」
有無を言わさない隼人に、少しだけ驚いた。
同時に何かあれば流される姿が容易に想像されて、頭を振った。
リッキーがまた1人で行くと主張したら、どうせ隼人はついてゆく。
そしてそれは自分も同じである。
「……分かったよ」
応じるリッキーは不満そうではあるが、彼の言う事は筋が通っていると理解はしているのだろう。
そして、今自分と隼人に迷惑をかけず1人で行く方法を必死に考えていると思われる。
で、自分はそれを食い止める方法を考えておかなければならないようだ。
「とにかく、暗くなる前に行こう。続行するなら野営する場所も探さないと」
火をたかないと、また獣に襲われる。
早く場所を確保して薪を探さねばならない。
リッキーは拳銃を入れたホルスターを肩にかける。どうやらリュックに戻さず、危険に備えるつもりらしい。
「痛っ!」
背負いなおそうとしたリュックから手を放す。
ぶんぶんと左手を振るリッキーは、歯を食いしばって苦痛に耐えている。
「ちょっと見せてください」
半ば無理矢理手を掴んで覗き込むと、掌に指一本ぐらいの赤い線が入っていて、腫れあがっていた。火傷らしい。
「多分、体当たりをかわした時に
「ばれる? 機関銃の筒になってる部分の事か? 何で触ると火傷するんだ?」
良くわからないが、とりあえず飛行機に関係する事だとは分かる。
首をかしげる隼人に、リッキーは苦笑いする。恐らくそれなりの痛みをこらえながら。
「バレルは銃の部品だよ。連続して撃つと凄く熱くなるんだ」
思いっきりふんわりとした説明だったが、とりあえず理解はできた。
一瞬だけ、このまま放っておけばリッキーもこれ以上の無理は言わないだろうと考えた。
しかしそれは竜神の教えに反するだろう。
魔法の力を授かった者は、危機にある者を救う義務を負うのだ。
「手を開いて力を抜いてください」
火傷に手をかざし、頭の中で祈りの言葉を唱えた。
太陽から降り注ぎ蓄積されたマナが、体に宿った魔法器官によって癒しの力に換わる。
真っ赤に膨らんだ火傷は、画板に落ちた水彩絵の具を洗い流すように消えて行った。
「君は、探知魔法を使うんじゃなかったのかい?」
ああ、やっぱりその質問が来たか。
複数の魔法を使いこなす者は「貴重」と言うだけで異常な存在ではない。
とは言え、マリアの年齢で2つの魔法を使いこなすのはやはり頭一つ飛びぬけている。万能な魔法使いは遅咲きであることが多い。
「もう気付いてると思いますが、私は貴族になりますので」
こちらがリッキーに何かを察していたように、向こうもマリアを見定めていたようだ。当然の事だが。
「素性は聞かないでおくけど、調べれば分かっちゃうよね?」
「でしょうね。こんな騒ぎ起こした事ですし」
リッキーがすまなそうに礼を言う。
はっきり言って、善意や思いやりが自分に返って来る事など稀だ。マリアのように後ろ盾がある場合、そう言ったものは禍を呼ぶ方が多い。
そう思っていたのに、竜神様など持ち出して素性を暴露する。自爆も良いところである。
「でもまあ、良かったじゃないか。火傷した手でキャンプって辛いもんな」
こちらの苦悩など全く分からないのだろう。隼人がからから笑いながら荷物を背負う。
ほぼこいつのせいである。
「悪かったな。俺も一緒に謝るから」
「……当然です」
気付いてやがったか。ほんとこいつ嫌いだ。
隼人といると、すぐ情に流される。
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