第4話「第四の仲間?」

”ライズの竜神教徒ってのはあれだね。とっても大らかで付き合いやすい人達なんだけど、譲れないところに触れられたら途端に頑固になるんだよ。


 随分前だけど、話の種にスサノオとヤマタノオロチの話をしたら、「日本の人は竜の神様を騙して殺そうとするのか?」と急に不機嫌になっちゃって。

 「たまたま悪い神様だったから倒されたけど、ほとんどの竜は良い神様だから」と説明したら、まあすぐ納得してくれたけど”


鉄道工事を担当した技師のインタビューより




 地球と呼ばれる異世界と行き来できるようになってから、既に50年程になる。疫病に苦しむライズの民を救うため、竜神が”門”を開いてくださったと言うのが神殿の見解だ。


 地球人がもたらした防疫の技術は、ライズ人を死病から救った。

 以来、地球とライズは相互に影響を与えながら同じ歴史を紡いでいる。


 大日本帝国を友好国としているのが、マリアたちが暮らすダバート王国だ。

 ダバート人は医療や農業、鉱物資源の探索等と言った魔法を日本人に提供し、見返りに科学技術を手に入れた。

 王国は大海を隔てた大国ゾンムに辛うじて伍するだけの国力を手に入れ、日本も非白人で唯一の強国として列強の名を冠するに至った。


 それぞれの世界で厳しいかじ取りを迫られていた両国は、竜神が与えたチャンスを見事ものにしたわけである。


 毎年多くの日本人が、門を通ってライズこちらにやってくる。

 隼人の父も気球技師として王国に移民してきた日本人だ。


 彼の飛行機狂いは、どうやら父親に源流があるらしいが、詳しい事は聞いていない。




「見ろ!」


 隼人が叫んだ。ゲートのてっぺんに足をかけ、手のひらで夏の日差しを遮って、線路の先を見つめる。


「なんですか急に?」


 またか、とばかり問いかけるマリアは、足を滑らさないようにゲートの頂上から顔をのぞかせた。

 隼人が指さした先には、嘯山うそぶきやまの頂きがあった。


「あそこの何処かに白竜がいるんだ! 俺たちはそいつに会いに行くんだ」


 シャツは汗でべったりと張り付いて、日差しを浴びたゲートは手袋越しでも熱い。

 それでも、悔しいが高揚している自分がいた。


「そうか! あそこに……」


 リッキーも同じなのか、柵を昇る手を止めて、風に揺れる山頂を見入っている。

 後ろにひさしの無いベースボールキャップでは、首のあたりが痛い筈。彼はそれすら忘れて興奮に身を委ねているのだろうか。


「そうだ! 俺たち三銃士が……!」


 隼人がそんな事を言い出すものだから、興奮は脱力に変わってしまう。


「あのチーム名、生きてたんですね」

「そりゃそうだろ? 我ら3人、生まれし日、時は違えども……」

「それ、3人違いですから! あとどっちのトリオも同じ日に死んでませんよね?」


 分かっている。余計な突っこみを入れるからこいつのペースに巻き込まれるのだ。


「君たち2人は、ずっとこんな事をしているのかい?」

「はあっ?」


 ゲートの頂上に跨ったリッキーが、興味津々で尋ねてくる。

 はっきり言って曲解もいいところだ。全くもって迷惑である。


「違うのかい? さっきから凄く息が合ってるけど」

「……」


 屈辱、あまりにも屈辱だ。

 このマリア・オールディントンがである。こんな血液の代わりにガソリン燃料が循環してる様な奴に……。


「そう言えば、なんかお前とだとやりやすいんだよな。じゃあ俺が銃士になったら後部座席に乗ってくれ」

「お断りです!」


 付き合っていられないので、ゲートを乗り越え、反対側に降りようとする。

 こいつと関わるのはこれが最後、もう2度と御免である。


「残念だなぁ。お前注意深いから偵察員とか向いてそうだけど。じゃあリッキーは……俺の相棒ウィングマンになってもらうってのはどうだ?」


 隼人馬鹿の無節操さに苦笑して、リッキーはやんわりと固辞した。


「ぼくは陸軍に志願するつもりなんだ」

「陸軍? 王立陸軍は大した飛行機も無いだろう? 日本陸軍にしておけば航空隊が……」


 何故かリッキーがむっとした表情を浮かべる。今まで隼人の言い草を聞き流していた筈だが。


「隼人、軍隊は国を守る為にあるんだ。飛行機の操縦を教わるところじゃないよ」


 もっともな説教だったが、隼人には届かなかったようだ。

 きょとんとした表情でリッキーを見つめ。教師に質問するように口を開いた。


「だってさ、別に義務を果たせるならどんな形でも……ぶわっ!」


 それ以上言葉は続かなかった。

 突然飛び込んできた白い何か・・・・が、隼人の顔面に激突し、そのまま張り付いたからだ。

 さしもの隼人も慌てたらしく顔に付いた何かを引き剥がそうと両手を放してしまった。


「隼人っ!」


 リッキーが身を乗り出し、隼人の腕をつかむ。体勢を崩した彼はリッキーごとゲートから引きずり下されそうになる。

 運動に自信のないマリアが反対の腕を掴めたのはちょっとした幸運だった。

 宙ぶらりんになった隼人から、もがもがと声が漏れる。


 どうやらありがとうと言っているらしい。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ゲートを降りて、白い何かを引っ張る。危ないとは思うが、時間をかけて隼人を窒息死させるわけにはいかない。

 勢い余って飛び出したそれは、サッカーボールのように何度か跳ねて、枕木の上で停止した。


「ぐはっ、助かった……。気圧のせいで息が出来ない時は、こんな感じなのかな」


 この期に及んで飛行機の世界を夢想する隼人。

 感謝はしても反省する気はないらしい。


「それにしてもこれ何だろう?」


 リッキーが腰を降ろし、白いボールを観察する。

 覗き込んだ物体は、サッカーボール大の白い毛玉だ。毛玉は人の顔に張り付かないだろうから、毛で覆われた何かなのだろう。


「これ、羽毛みたいですね」


 拾い上げたのは白い羽だ。

 羽毛を生やすのは鳥類、そして一部の上級竜。


「まさかっ!」


 3人は同時に叫んで、球体を取り囲む。

 かといって何ができるわけでもない。これが竜なら下手に触ってブレスでも吐きかけられたら大惨事だ。ただでさえ先程から雑に扱って後ろめたいのだ。


「ねえ、ひょっとしてこれ、白竜の子供なんじゃないか?」

「でも、頭も羽根もないぞ?」


 恐る恐る手を伸ばす隼人に向けて、ボールが跳ねた。

 再び彼の視界を塞いだのは、羽根と尻尾をばたつかせ、子犬のようにじゃれつく幼竜だった。

 



「きゅー」


 相変わらず幼竜は隼人の足に頬を擦り付けて甘えている。ようやく引き剥がしたばかりなのだが、三度張り付く気満々のようだ。

 ふわふわもこもこの小動物に懐かれるのは羨ましいが、毛玉が暑そうなのでやっぱり隼人で良かったと思う。


「刷り込みとかでしょうか?」


 一部の鳥類などに、初めて見た生き物を親と思い込む習性があると聞きかじった事がある。隼人に張り付いた時に彼の顔を見て親だと思った可能性はあるのではないか。


「だけど、この子は目の前で生まれたわけじゃないし、今まで誰とも会わなかったって言うのは無理が無いかな?」


 リッキーの考えも一理ある。

 だいたい生まれた時に親が近くに居なければ、いくら竜でも生き残れないとも思う。


「そんなこといいからさぁ、こいつどうしたらいいと思う?」

「きゅーきゅー!」


 隼人がここまで困った顔をするのはレアかもしれない。

 彼には悪いが、日頃の鬱憤を考えると愉快極まりない。


「この子、白竜の子供だったら届けてあげないと」


 頭によぎった考えがそのまま漏れ出したように、リッキーがぼそりと言った。


「確かに、下級竜の幼体には見えませんし、体の色から考えても白竜の子供ですよね」


 隼人は皆の顔と幼竜を代わる代わる見つめていたが、しゃがんで新たな仲間と目線を合わせた。


「お前、俺たちと一緒に白竜の所へ行くか?」

「きゅー!」


 幼竜は返事の代わりに尻尾を左右に振ると、隼人の顔面目掛けてジャンプした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る