第3話「竜と英雄」
”やっぱりインタビューは断られたわけか。だから言っただろ?
そりゃ色々あった旅だから、触れられたくない事だってあるのさ。あいつこの件を大っぴらにするの、散々渋ってたし。
俺やお前も昔は散々やらかしただろ?
誰だって思い出したくない事のひとつやふたつあるんだよ。
まあそれはそれとして、初対面から面白い奴ではあったなぁ”
南部隼人のインタビューより
竜神の祝福を受けた世界であるライズには、ひとつの伝説がある。
神の力を受けた上位竜が山や孤島、深海に隠れ棲む。彼らは英雄と見込んだ人間に自らの卵を託す。もしその卵をかえす事が出来れば、英雄は竜の加護を受ける事ができる。
おとぎ話のようだが、上位竜に跨って戦場や邪竜退治にはせ参じた英雄たちの記録は枚挙に暇がない。地球との交流で飛行機械が発達した今でも、上位竜信仰は強い。
オールディントン領でも鉄道敷設の際、
地球人は驚くが、マリアや隼人たちライズ人からすれば別に不思議な事ではないのだ。
とは言え面白半分で冒険に出た小学生が竜に会う。そんな話は聞いた事が無い。
マリアは思う。本気でやるのは余程の大馬鹿者だろう。目の前のろくでなしのように。
「一応聞くけど、また今度じゃ駄目なのか?
恐らく、列車をやり過ごした時に顔を見られている。
すぐに大規模な捜索は行われないだろうが、少なくとも追手はかかる。
リッキーは黙ったまま首を振った。
また今度では無理だし、理由も言えないという事だろう。
「本当に死んじゃいますよ?」
念を押されて絞り出された言葉は、固い決意なのか、意固地になっているだけなのか。
「明日の夜にはこの街を出る。それまでに竜に会いたいんだ」
再び隼人と顔を見合わせる。
思いつめた顔は尋常では無かった。
「一応聞きますが、理由は何でしょう?」
予想通りと言うべきか、返答は沈黙だった。
そしておもむろに立ち上がり、
「悪かった。ぼくは行くから、この事は黙ってくれると嬉しい」
「おい待てって! 勇気と無謀は違うってよく言うだろ? 次この街に来た時の俺たちも……」
隼人が掴んだ手は、すぐさま振り払われた。
「次なんて待ってられないんだ。今やらないと、ぼくはこのままずっと……」
うめくように口にしたのは、動機の一端だろう。
切実な何かがあるのは分かった。だが、あまりに思いつめすぎて不安しかない。
無言で聞き流した隼人は、力強い足取りでリッキーを追いかけ、襟首をむんずと掴んだ。
「何するんだっ!」
隼人は小学校でも背が高い方ではない。しかしながらパイロットになる訓練と称して柔道をやり込んでいる。細身のリッキーが後ろを取られて敵う筈がない。
暴れる彼に構わず、そのまま引きずって日陰に引っ張り込む。
「ちょっと隼人! 乱暴すぎます!」
叱りつけてみるものの、こうなった彼はてこでも動かない。
「今行ったら駄目だ。大人たちもすぐには来ないから、休息と弁当をちゃんととってから行こう」
「何言ってるんですか!」
リッキーは珍獣でも見るような目で隼人を見ているが、マリアとしては気が気ではない。
「駄目ですよ! いくら何でも……!?」
「しょうがないだろ。もし倒れたら俺が担いで下山するよ」
今感じている呆れは彼の奔放さに対してではない。無防備に他人を受け入れすぎる、あまりにも無邪気な性向に対してである。
悪意とよそよそしさの中で生きてきたマリアは、そもそも他人を信用していない。基本周囲は敵で、例外と判定した者とだけ深く付き合う。
こいつは無条件に他人を助けて一緒に地獄に落ちるんじゃないだろうか。
「お前は街に戻ってくれ。夜になる前に探しに来た大人と合流できるだろ。振り回して悪かった」
「今この瞬間振り回されてます!」
正直なところ、マリアにとって隼人は異物で、自分のテリトリーに入り込んでくる理解不能な何かだった。
彼が見せた無軌道なお人よしぶりを知った時、呆れと同時に微かに芽生え始めていたのは、心配や不安と言った感情だった。
その時は無自覚でただいらいらと厄介者2人を睨みつけるだけだったが。
「……私も行きます」
「は? だってお前……」
隼人が制止の言葉を投げかける前に、マリアは断言した。
「皆が無事に帰るには一緒に行動した方が良いです。それに私の探知魔法があれば白竜の棲み家を見つけやすい筈ですから」
「いやほら、流石に2人も担ぐのは無理だし」
「何故担ぐ前提なんです? さっと行ってさっと済ませましょう」
「と言ってもなぁ」
隼人と言い合いに夢中になって、2人を呆然と眺めているリッキーに気付かなかった。
「きみたちは本気で付き合ってくれる気か?」
理不尽な事を言う。付き合えと言ったのはこいつである。
非難の目を向けられて冷静になったのか、リッキーは目を伏せて、ぼそぼそと謝罪した。
「悪かった。頭に血が上っていた」
「でしょうね」
即座に返したのが気に入らなかったらしい。一瞬唇をへの字に曲げるが、指摘の通りだと気付いたのだろう。すぐに肩を落とした。
「それで、どうするんです? 一緒に行くんですか? ひとりで行くんですか?」
リッキーは沈黙する。そしてささやかな葛藤の末、頭を下げた。
「ありがとう。そしてお願いだ。ぼくと一緒に白竜に会いに行って欲しい」
「オーケー! じゃあ俺たちは今からチームだ!」
お調子者がリッキーの背中をばしんと叩く。
小さく悲鳴を上げた被害者が、何事かと振り返る。原因はこいつの無遠慮にあると気づいたようで、3歩ほど距離を取る。
「とりあえず、飯を食っちまおう。それと、チーム名を考えんとな」
「そ、それは要るやつなのかい?」
弁当の包みを受け取りながら聞き返すリッキーは、完全に気圧されていた。
「勿論いるやつさ。アメリカ陸軍のアクロバットチームは『フライング・トラピーズ』ってかっこいい名前があるんだぜ?」
「え? 何だいそれ?」
「曲芸飛行のチームさ! スポーツチームは皆かっこいい名前を持ってるだろ?」
また始まったと適当に聞き流す。
こいつは一体何故そこまで飛行機に執着するのか。
何度か聞いてみようと思ったが、その度ろくでもない話を聞かされると思い直した。
「それよりもっと『紅はこべ』とか『ベーカー街遊撃隊』、『少年探偵団』みたいな奴がいい」
「何だそれ?」
今回は隼人も首を捻る。
最後のはクラスの男子が騒いでいるから知っている。流行りの少年小説だ。興味が無いでもないが手を出さずにいた。おはじきで作った探偵バッジとやらを投げつけ合っている男子共の姿が、何とも頭悪いので。
2人が知らないのを見て、提案者リッキーはふふんと鼻を鳴らして蘊蓄を垂れ始めた。
「『ベーカー街遊撃隊』はイギリスの名探偵を支援する少年たちの組織だよ。『紅はこべ』は演劇で見たことないかい? 弾圧された貴族たちをギロチンから救い出す侠客の組織さ」
そう言えば以前、そんな演劇を見た気がする。
確かに面白かったが、語るリッキーの目がおかしい。どうやらこいつも隼人と同類のようだ。
正直頭を抱えた。
「じゃあ、『三銃士』はどうだ?」
「アレクサンドル・デュマか! いいね!」
こちらは知っている。フランスの騎士物語だ。
お話も面白いし「銃士」のワードは確かにかっこいい。
「でも何で三銃士なんです?」
「そりゃお前、この国の空軍はパイロットになると『銃士』の称号を貰うだろ?」
「ああ、そっちですか」
ほんとこの男はブレない。
語りモードに入った隼人に、よせばいいのにリッキーが食いついた。
「君は銃士になりたいのかい?」
銃士、ここダバート王国で空軍パイロットをそう呼ぶ。
その昔、王国の危機に馳せ参じた義勇兵、それが空軍の母体となった。国王が「銃士」の称号を与えたのは、マスケット銃1挺で苛烈な突撃を行う雄姿に感銘を受けたからだ。
騎馬がワイバーンになり、ワイバーンが戦闘機になっても、彼らは銃士の名を誇りとしている。
「
ビシッ! 入道雲を指さす隼人に圧倒されたのか、リッキーはあんぐりと口を開けている。
「あーはいはい。こいつに飛行機の話題振るとこうなるんで。触れないであげて貰えます?」
「う、うん」
言葉を失うリッキーを見て思う。
しょうがないやつらだ。自分がしっかりしないと。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
やがて線路は2つに分かれる。
ひとつは領内第2の都市、ニューフィールド市へ。そしてもうひとつは、線路敷設が中止になった
無論線路は途中までしか伸びていない。あとは山道だ。
誰かが迷い込んだら危ないので、鉄格子の扉ががっちり設置されている。「危険! 進入禁止!」の警告文が物々しい。
マリアは生唾を呑み込んだ。
「じゃあ、登ろうか」
「登るのかい!?」
隼人がとんでもない事を言い出して、リッキーはぎょっとした顔でゲートを見上げる。
「錠前を開ける方法が無いし、開けられても中から閉められないから危ないだろ? 地竜とかが線路に入って来るかも」
こう言うところ
しかもぐうのでも出ない論理だ。ゲートは3メートルはある。小学生には辛い高さだが、「出来ないならやっぱり帰った方が……」とか言われるのもムカツクのだ。
マリアは覚悟を決めて格子に手をかける。
「熱っ!」
反射的に手を放して激しく振る。
熱を持ったゲートは、とても触れられたものではない。
「仕方ない。俺のを3人で使い回そう」
「待ってくれ、良い手がある」
差し出された手袋を断ったリッキーが、指笛を吹いた。
「何です今の?」
「まあ、見ててよ」
茂みの方から木の葉が舞い上がり、中から
小型竜に擬態する為、鱗のような模様を持つ鳩である。
それらは足に掴んだ巨大な弦を2本ゲートに運び、上に引っかけた。
「じゃあ隼人、先に上って弦を上に結び付けてくれる?」
「即席ロープってわけか! 了解だ!」
隼人は楽しそうに手袋をはめると、嬉々としてゲートを登ってゆく。
「今の、使役魔法ですか? あんな数の竜鳩を一度に使うなんて、相当な魔力ですね」
「まあね」
褒められて喜ぶと思いきや、何故か浮かない様子のリッキーが少し気になる。
「おーい、垂らすぞー!」
疑問は隼人の声で遮られ、マリアは釈然としないまま弦を握った。
こうして、3人は非日常の扉を乗り越えたのだった。
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