第18話 世の中を救うことが人生の目標

 私にとって友哉は命の次に大切な存在である。

 その友哉を通して、いろんな人に出会い、いろんな人生模様を見させてもらった。


 ふと電話のベルが鳴った。

 昼過ぎになる電話のベルというと、たいていセールス電話が多い。

 若い女性の声で

「余った本を寄付したいので、買い取りたいです。明日の午前中いかがですか」

 ひょっとして買い取りをうたって近づき、一万円くらい金を払うが、実はそれは新手の闇金の手口であり、あとで多額の利子をつけて返却を迫られるという。

 私は思わず「いや、午前中はいませんので」と答えると

「それでは、本日の四時頃はいかがですか」と電話の相手の若い女性は食い下がってくる。

 こういう場合、男性だったら若い女性が自宅を訪問して本を買い取ってくれる、ラッキー!などというスケベ心が働くかもしれない。

「訪問されると困りますので、門の前に本を置いておきます」と答えると、さも困ったような声で

「奥さん、それをされると、警察がうるさいんですよ」

「どうして、門の前に古本を置いただけで、警察がうるさいんですか?」

と怪訝そうに言うと、相手は電話を切った。

 もしかして、電話の相手は住所を知らず、片っ端からランダムに訪問電話をかけているのかもしれない。

 さっそく近所の年輩の男性に言うと「絶対家へ入れてはいけないよ」と忠告された。まさに「遠い親戚よりも、近い他人」(聖書)である。

 そういえば昔、ドア越しに「今から五分後、水道が停止します。修理したいので、上がらせて下さい」という妙な呼びかけがあった。

「結構です。もう二度と来ないで下さいね」というと、相手は引き下がった。

 あと、若いアイドル崩れのような二十歳くらいの女性が「壁の見本を差し出して、このような壁だと、耐震工事の必要性があります」などと言ってきたりする。

 結局家に上がり込むのが、目的である。

 家に上がり込んできた途端、バール強盗に変身するということは充分あり得る。


 この頃は、それを利用した闇金も存在しているという。

 一万円くらいの金を貸し付け、三日で三割などという法外な利子を要求するというが、今の時代は闇金で借金した方がコンプライアンスに反しているので、警察、弁護士、司法書士も味方にはなってくれない。

 目先の金に捕らわれると、大きな犯罪に巻き込まれることになりかねない。


 少子高齢化の世の中、どう変わっていくのだろう

 コロナ渦、値上げラッシュの今、居酒屋は以前の半分に減り、私の大好きなカフェも珈琲五百円に値上げ気味になるので、減少しつつある。

 私は五年前から商店街の夫婦の経営するカフェに、まるで取りつかれたように毎日通っている。

 香り高いサイフォン珈琲と私特製(!?)の分厚いバター抜きトースト、そして夫婦間の人情の機微に魅かれ、まるで家族のぬくもりを求めるように通っている。

 ここでは私は「友里ちゃん」であり、まるでアイドルもどきである。


 私はもう一度、人生のチャンスさえあれば、自分も華やかな世界にいけると思ったこともあった。

 しかし、それはとんでもない傲慢であるということに気がついた。

 チャンスを掴む人は、人並み以上に努力している人ばかりなのである。

 世の中上見りゃきりない。下見りゃきりないという言葉があるが、世間には私以上に苦しんでいる人もいる。

 わが子がアウトローにあった。刑務所に服役中である、ドラッグ中毒である。

 借金で苦しんでいる、うつ病で自殺未遂を図った・・・言い出せばキリがない。


 そんなことを考えながら歩いていると、いきなり携帯会社から呼び止められた。

 店内には、派手なキャンペーン広告の垂幕が下がっている。

「今なら1,700円で契約できますよ。どこのケータイお使いですか?」

 つい一か月前に契約した携帯会社の名を告げると「3,700円くらいでしょう。高いですね。こちらにした方が断然お得ですよ」

と言われたが私はもちろん、誘いを振り切った。

 すると今度は「今、契約すれば一万円キャッシュバックして差し上げます」

 本当かな?

 私は、一か月前に契約した携帯ショップまで行って店番の若い男性に聞くと

 即座に「ウソですよ。それに1,700円で契約できるというのも、それからいろんな費用がかかることになりますね」

 私はエッとのけぞりそうになると、

「一か月前に契約したお客が取り消して、別の携帯会社に乗り換えると、その担当者の能力に傷がつくんですよ」

 私はピンときた。

「なるほど。要するにライバル会社の担当者の足を引っ張るのが目的なんですね」

 しかし、ホストクラブでも店内では、客が担当ホストを変えることは禁じているが、別のホストクラブに来店されるとこの限りではない。

 まさにサバイバル社会である。しかし結局競争に勝つのは、嘘をついて騙すより、正直に対応した人なのだろう。


 翌日の朝、私が契約した若い店番と出会った。

 ゴミ出しに行っていたのだろう。

 こちらから「こんにちは」と挨拶すると、目を細めて笑いながら

「昨日、僕客を装って、ライバル会社に行ったんですよ。

 そしたら1,700円で契約できるのもありなら、一万円キャッシュバックもありですよ」

「でも何か裏がありそう。たとえば何かに入会してくれ、そして三年以内に断ると五万年違約金だの損害賠償だのが必要とか、面倒事はごめんよ」

 二十五歳くらいだろうか。一見やさ男の彼は、いつも私を見て目を細めて笑ってくれる。

 多分、女性体験もないのだろう。

 息子の友哉より年上である。

 まあ、女性体験がないということは、梅毒など性病の危険性もないということである。

 

 男性にとって、セックスなど愛でもなんでもなくて、ただ吐き出すものでしかないということは、私も重々承知である。

 セックスすると飽きてくるーまあそうだろう。セックスは男性にとっては頂上のようなもの、そこから降りるとあとは冷める一方である。

 冷めた男はもう他人である。

 友達から始まり、友達に終わる。これが永遠に長続きする最高のパターンだろう。


 今、ネットカジノが問題になっている。

 ギャンブル依存症の末、闇金に借金をして返済できなくなって詐欺、強盗などの犯罪に走りホームレスになってしまう。

 私は二度、男性から「ギャンブルをしている男性とつきあっていると、知らぬ間に風俗に売られてるよなあ」

 私は出来たら、一度道を踏み外した人に更生してもらいたいと、願っていた。

 今の日本には更生施設は存在するが、一筋縄で行くはずがない。

 だからせめて小説のなかだけは、更生してそれを糧にして、別の世界に羽ばたくなんて世界を描いてみたい。

 そうだ、ヘルプの子をテーマにした小説のモチーフを考えなきゃ。

 私は疲れる身体を引きずって、友哉のために手料理をつくり始めた。

 豆腐と和風キムチをフライパンで煮るという簡素な料理であるが、通じにはいいし防寒対策にもなる。

 幸い友哉は胃腸が弱いわけではないので、ピリ辛で胃を痛めることもない。

 友哉にはたくましく育ってほしい。

 この頃、発達障害や自閉症スペクトラムの子供のために、つくられた高校が京都伏見にあるという。

 この高校の生徒数は150名であり、入学条件として➀学力が低い者 ②中学時代まで不登校を体験している者 ③人とのコミュニケーションがとりにくい者である。

 捨てる神あれば拾う神ありというが、やはりどこからか救いの手が差し伸べられるものである。

 しかし、救いの手の第一歩は家族など、身近な人でなければならない。


 私はできたら、一度道を踏み外した人に更生してもらいたいと願っていた。

 でも、今の日本には更生施設はあまりないし、更生しようと思っても昔のワル仲間がまとわりつくという危険性は充分ありうる。

 行きつく果ては刑務所か、ホームレスになって野垂れ死にということになる。

 だから、せめて小説の中だけは、更生していく様子を描きたかった。

 できるだけリアリティをきかして、読者に共感してほしいというのが、目標である。

 そのためには、情報番組をしっかり見て、移り変わる現代の世相を研究することも、必要不可欠である。


 夢は大きく、マスメディアに登場することである。

 そうだ。ヘルプの子をテーマにした小説のモチーフを考えなきゃ。

 私は疲れる身体を引きずって、友哉のために手料理を作り始めた。

 友哉のような若い世代は、どうしても揚げ物など油濃い料理を好むので、消化にいいさっぱりした料理をつくりたい。

 私は焼き豆腐を一口大に切り、商店街で買って来た特製和風キムチと共にフライパンで焼いた。

 家庭料理は、油を使わないことにしている。

 もし友哉が結婚するとしたら、未来の嫁になる人に私の手料理を伝授したい。


 世の中には、子供を育てられない母親もいる。

 それでも風吹ジュンなどのように、たくましく生きていっている人もいるが、やはり自分のルーツである親を求めるものである。

 私は友哉のために手料理をつくるという、ささやかだけど温かみのある幸せに包まれ、明日の希望を見出していた。

 でも一方では、私の人生は絶対にこれで終わらせないぞという、小説執筆という新たな野心の炎が燃え盛っていた。


(完)


 




 

 

 


 




 


 

 


 

 


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もう一度だけ人生のチャンスを すどう零 @kisamatuma

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