第16話 ホストクラブでの打ち明け話
私が、今日クラブに行くというと、飛雄は心底、安堵したような温かみのある声を出した。
「うわあ、来てくれるんですか。めっちゃ嬉しい」
そう言われると、自分のアイディンティティ―を確立されたみたいで、まさに承認欲求満載の気分になる。
「ねえ、こんなこと聞いていいかな? あなたのお父さんって何している人?」
急に、飛雄は悲愴感の漂う声をだした。
「言っていいかな。僕の父親はイタリヤ人だけど、暗く冷たいところにいるの」
「ひょっとして刑務所?」
「そうなんだ。でも父は父。僕には僕の生き方があるから」
「じゃ、今から五十分後、行くね」
「お待ちしてます」
少し濃い目のルージュを塗り、パピュームコロンをつけて、ホストクラブに行く身支度を整えた。
扉を開けると、皆、私に挨拶してくる。
握手を求める男の子もいる。
いずれも、二十歳前後の男の子ばかりである。
また、友哉の面影がよぎる。
友哉が氷室恭香と、思ったよりはまともな交際をしていたのが救いであった。
今朝、美形のニューハーフ椿姫彩〇がモーニングショーに出演していた。
現在はフランス語の翻訳とモデル業に忙しいという。
椿姫彩〇は男子高校出身で、今でもプチ同窓会のような形で、月に一度は高校のクラスメートだった子と、飲みに行ったりするらしい。
確かにスタイルはいいし、服装も専属のスタイリストがついているのだろう。
しかしよく見ると、厚化粧が目につく。ファンデーションを厚塗りして、キャバクラ嬢一歩手前の完全に素顔を隠した厚化粧である。
しかし、トーク力はある。訓練でも受けたのだろうか。
司会者の質問にそつなく答え、視聴者を楽しませることも心得ている。
そしてアイドルの如く、首をかしげてニッコリ微笑むことも忘れない。
椿姫彩〇こそが、ニューハーフ界の期待の星、新生アイドルなのだろうか?
飛雄は、売れっ子である。私をほったらかしにしてヘルプを向かいの席に着かせー横に座るのは担当だけであるー肝心の担当である私の席についてくれない。
でも、飛雄との約束ー予算は六千八百円ーに抑えるーは守られている。
だから、ヘルプが飲み物を注文しても、断ることにしている。
でも、私は一時間以上長居はしない。
四十分で帰ることにしている。
私はこのホストクラブでは「るか」と名乗っているが、私の席につくのは、いつも新人ばかりである。
ちなみにるかという名前は、イエスキリストの十二弟子の一人である。
「るかさんって気さくに話してくれるし、無視したり僕らに無理難題をいうこともないし、本当に助かりますよ。
この前、あるおばさんがなんと『パンツ脱いでくれたら、百万円やるわよ』なんて言われたけど、僕らにもプライドがありますからね」
私はジョーク交じりに言った。
「しかし、そのおばさんが百万円くれるとは限らないわよ。昔の漫才師極楽とんぼの山本さんのように、警察がきてわいせつ罪でつかまるのがオチかもよ。
この辺、私服の婦人警官が多いからね」
新人ホストはうなづきながら言った。
「ほんと、そうかもね。僕らホストは、ルックスと話術で人を楽しませるのが仕事ですよ。でも、しゃべってくれない客はどうしたらいいか、困っちゃいますね」
自分の息子のような年代のホストに、頼りにされているのだろうか。
じゃあ、私はこのホスト君の母親代わりなのだろうか。
承認欲求にも似たアイデンティティーを感じて、一時間ぽっきりで店をでた。
もちろん高価なドンペリなど入れられる筈もなく、六千八百円の勘定である。
私は六千八百円の母親代わりなのだろうか?
一週間後、再びシャインを訪れた。
私の噂は伝わっていたのだろうか。
飛雄の代わりにヘルプのホストが、私の席の向かいに座った。
まだ二十歳未満なのだろうか、しかしアイドル並みのルックスである。
急にしんみりとした顔で
「僕は高校を卒業して、美容学校を卒業したばかり。でも美容師のインターンなんて極めて給料が安い。
だから、このシャインでお金を貯めようと思っているんですよ。
実は僕、中学二年のとき自営業をしている父親が、他人の保証人になって失跡したんですよ」
私は心の中で舌打ちした。
出たあ、水商売にありがちなこの手のお涙頂戴の同情話。
ほんとかな? しかし保証人となると莫大な借金を抱えることになるので、その人質として、女性の場合借金のかたとして売られるなんて、時代劇のような話が目の前に展開されている。
しかし彼の深刻な表情からは、うそいつわりは感じられない。
「一応、今は父親の行方はわかったけど、でも責める気にもなれない。
まったく人がいいというか、だらしないというか」
どうやら、嘘いつわりではなさそうだ。すがるような視線で
「まあ、そういう事情だから、よろしく」
背中を向けて去っていくイケメンホスト君に、私はため息をついた。
このシャインという店は、小さなカフェのように狭くて、あまりギンギラギンの派手なイルミネーションもなくて、まるでお茶の間のような気楽な空間である。
異次元空間ではないが、日常生活をちょっぴり逸脱したスタート空間とでも呼ぶべきか。
すると今度は、三十前後のおじさんタイプのホスト君が私の向かいに座った。
一目でつくり笑いと思われるムリした笑顔が痛々しい。
「ここでは、僕が最年長といっても新人だけどね。よくホストクラブにはいらっしゃるんですか。なんとなく貫禄がありそうで」
「いや、ここが初めてよ。でも貫禄があるなんて嬉しいわ」
私に貫禄があるとしたら、それは友哉を思う母親の愛かもしれない。
すると、急におじさんホストは泣き顔になり、身の上話を始めた。
「僕は引っ越し会社に勤めていたが、警察に捕まってからは離婚して、子供にも会わせてもらえない。
先月の給料袋は、現金のかわりに18万円の請求書が入っていた。
年下の先輩には敬語を使い、これからどうなるかわからない」
そういって、泣きだしそうになった。
おいおい、こんなところで泣かれても私、どうしたらいいかわからないじゃないか。ホストというのは、一歩間違えれば借金だらけのリスキーな商売。
ホストクラブのオーナーは家族的なものを求めるが、それは辞めていく人が多いのと、客の売掛金を払えず飛ぶ(急に行方不明にある)ホストが多いからである。
するとまた、別の二十歳くらいのホストがついた。
ちょっぴりインテリの感じが漂う。
「僕の家は建築会社を経営していたが、バブルが弾けてから赤字になり、借金取りに追われてから、僕は拒食症。今はおかんが美容院を経営しているが、僕は美容師を目指している」
見ると真っ赤な顔をしている。
「ウーロン茶、もらっていいですか」
こういった店は、もちろん缶ウーロン茶100円といったわけにはいかず、1,100円の世界である。
私は同情心から「いいわよ」とOKした。
まあ、これも人助けである。
彼は隣の茶髪ホストを連れて来た。いかにもぎこちなさそうなホスト一年生である。
「聞いてもらっていいですか? 僕の母親はキャバクラのホステスで十七歳のときに僕を産んだんです。僕は中学も半分くらいしか通ってない。でも僕は母親には感謝してます」
母親に感謝できるとは、幸せ者だな。
「この席だけは、酒を強要されない喫茶店みたい。ここは憩いの喫茶店ですね」
なんだか私は、母親代わりの無料カウンセラーになったみたい。
まるでパートから帰ってきた母親を待ちわびる子供のように、私に心情をぶつけてくる。私はここでは救いの天使になったみたいである。
「でも、客のなかにはどっか行ってとかっていう人もいるでしょう」
「あれ言われるとへこみますね。でもそこはまあ、僕は貴方を楽しませますよ。だからそんな冷たいこと言わないで」
「まあ、そうね。キャッチセールスのような押し売りじゃないんだけどね」
「キャッチセールスって、最初は販売目的を隠して展示会があるなどと言って、原価十万円の毛皮とか宝石を、なんと百万円で売り付けたりするんでしょう。
ゆうこさん、あんなの引っかかっちゃダメですよ」
「キャッチセールスって借金だらけで、強盗まがいのことまでやらかすっていうじゃない。私はあんなの相手にしないわ」
「ゆうこさんは、いつまで僕たちのアイドルママでいて下さいね」
なんだか、ここではアイドル気分でもあるが、ママという責任を負わされたみたいであり、ちょっぴり心地よい。
しかし、私はあくまでも友哉だけのママであり、なにがあろうと友哉だけの味方である。
友哉が悪事をしでかすと、弁護士を立てて無実をでっちあげそうな自分がときどき恐ろしくなるほどである。
「あっ、おかんじゃないか」
クラブの帰り道、友哉に声をかけられた。
いずれは、シャインに通っていることが、友哉にわかるかもしれない。
でもいい。やましいことをしているわけじゃないんだから。
いや、それどころか、私はシャインではアイドルママという救世主のようなものだから。なーんてちょっぴりうぬぼれの気持ちをもった。
私は四十六歳になろうとしている。四捨五入すると五十歳である。
しかし、少子高齢化の今、五十代というとまだまだ若い部類に入る。
町内会でも私が最年少、ときおり行く商店街のカフェでも私が最年少である。
新聞配達の仕事は、疲労感を感じ、昼寝をしなければ継続していけないが、夏の炎天下の新聞配達を体験すると、冬は風邪をひかなくなる。
私の人生はこれで良かったのだろうか。
大した貯金があるわけではないが、金もストレスもあまりため込むとかえってマイナスになるという。
人のために金を使うと、また自分に返ってくるという。
金は血液であるので、循環させねばならない。
そして、入って来たお金は友哉のために貯金しておこう。
私は小学校のときからの読書好きということもあり、小説を書き始めた。
学生時代はよく日記をつけ、日記帳のことをMy Diaryなどという名をつけていたぐらいである。
少し前まで、通信教育で文章講座ー小説とエッセイ講座を受講していたのを生かし、小説を書いてみよう。
小説の中だけは、現実には叶えられそうにもない華やかな世界を展開させることができる。
通信教育の先生からも添削と共に「次回作を楽しみにしています」というコメントもあるくらいだった。
今度僕をテーマに書いてくれという、ヘルプの男の子も存在している。
なんでもそのヘルプは、父親が不倫し、その腹いせに中学二年のとき母親も不倫し、生きる気力がなくなってしまい、勉強もあまりせず、ひったくりを繰り返し少年院に入院していたという過去を屈託もなく話す。
また、聞いてもいないのに本名まで話した。
一見ジャニーズ風の、さわやかな明るさを感じさせる美少年。
「ねえ、僕をテーマに小説を書いて下さいよ」なんて屈託もなく話しかけてくる。
隠しておきたい、いや隠すべき不利な過去をぺらぺらとしゃべる。
「僕の精神は中学二年でとまったまま」だと笑いながら発言していた。
やはり家庭環境、特に母親の影響は大きいと痛感した。
私も友哉のために、いい母親でいなきゃ、少なくとも恥じるような母親像でいてはならない。
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