第14話 恭香おねえの生き方
恭香は話を続けた。世間では昔はおかま、ニューハーフと言われていたが、現在はトークのうまいバラエティータレントはおねえと呼ばれている。
「私たちは性転換することで、更年期障害になったり、乳がんの危険性が多いんです。正直言って、一年ごとに年をとるのは怖い。だから今を、精一杯生きるしかないんです。ちょうど季節の花びらのように」
まるで、人間と言うよりもセミかキリギリスのように短命である。
季節の花びらはいつ土に落ちるかわからない。
やはり私には理解できないが、恭香自身もまわりも辛いというのだけはわかる。
まるで不倫のようである。
不倫で幸せになる人は一人もいない。不倫している当事者同士はいっときは燃えあがるが、所詮男性は、最初から遊びである。その家族も不幸になり、不倫で産まれた子供は虐待に合いやすい。
ちなみに伝説の大親分 山口組の故田岡一雄組長も不倫の子で六歳のとき、神戸の親戚に預けられたが、学校にも行かせてもらえず肉体労働ばかりやらされ、それが原因で暴力団に入ったという。
山口組というのは、最初は十人余りの弱小団体であったが、田岡組長に代替わりしてからは、一万人を超えるようになったという。
「どうしたんですか」
恭香は私の目の前で、軽く手を振った。
「あなたは友哉のことを、どう思ってるの?」
恭香は、一瞬顔をこわばらせた。
「ただの友人ですよ。といっても信じてもらえないかもしれませんがね。
私の苦悩を理解しようとしてくれている、差別反対の人格者ですね。といっても、差別は同情や思いやりだけでは、解決しませんがね。
もちろん、僕は友哉君を仲間に引き込む気はないですよというより、友哉君は、僕のような性同一性障害ではないですからね。
まあ仏教の『和して同ぜず』の精神ですよ」
私は思わず、安堵感でいっぱいになった。
恭香は、すかさず言った。
「ほっとしましたか。顔に書いてありますよ。
だから、友哉君との友人づきあいは、了解して頂けましたね。
あっ、今日のことは友哉君には内緒にしておきますよ」
私はうなづいた後、伝票をもって立ち去った。
私が心配するほどでもなかったのだ。
もちろん恭香が私に見せた顔は、どこまでが実像でどこまでが虚像かは、見分けもつかない。
優等生ぶりっ子の演技をしているだけかもしれない。
友哉ももう、中学三年生。
私が反対しても、恭香とのつきあいはやめないだろう。
ここは半分目をつぶり、友哉を信用するしかないと思った。
私が繁華街の帰り道、バイトの仲間が声をかけてきた。
「噂になってるよ。川島さんは店長にはめられたんじゃないかって。
あの店長、田川とできてたし、おまけに闇金に大借金があって、闇金関係者から健康保険証も取り上げられ、自宅に呼び出され脅されたんだって。
そのことを年長の川島さんに感づかれるのが怖くて、エリアマネージャーにちくられたらヤバイから、それであんなデタラメ芝居をしたんだって。
このことは、田川が考案したらしいよ」
そういえば、田川は水商売をしていた経歴があったというが、その体験を生かしたのかもしれない。
私は同調した。
「私も、客と喧嘩したりひどいトラブルを起こしたわけでもなし、店長が客の自宅に呼ばれ、恐喝されるなんておかしいと思っていたのよ」
「そうね、もしそれが事実だったら、保険会社に相談するという方法もあるわ。
たぶん本社も、事実かどうか調査したんじゃない」
私は、ことの結果を聞きたかった。
「それで店長はどうなったの?」
「店長は交通の便の悪い田舎の店舗に転勤。田川は即刻クビ。あーあ、バイトはなんの保証もないので辛いわ」
私は思わず同調したが、ここで落ち込んでいてはならない。
「それは私も同じよ。でも、あなただったら若いから大丈夫。それじゃ、お互い頑張ろうね」
私は、笑顔で見送った。
「それじゃ、川島さんもお元気で」
これが二年間、一緒に仕事をしていたバイト仲間との最後の会話となった。
私は不安だった。
この頃から、少しずつ精神安定剤を常用するようになっていた。
酒を飲んだあと、酔いの勢いに任せて飲むのである。
私は、ドラッグで失敗してきた人を見てきたので、ドラッグだけは常用すまいと心に決めていた。
その筈なのに、飲むとすっきりして、寝つきがよくなるのである。
もう、辞められない、ドラッグなしでは生きられないんじゃないかな。
ドラッグによってもたらされる快感と、不安が私の神経を惑わせた。
こういう気分のときは、繁華街のネオンを見たら、少しは気も晴れるだろう。
私は、化粧を濃い目にして出かけた。
この頃は、不況のせいか、高級店は次々と閉店している。
高級ブティック、大型靴店、洒落た大型カフェの代わりに、携帯ショップ、アウトレット、セルフサービスのカフェが群を占めている。
裏通りの歓楽街に出かけてみた。
高級なクラブやラウンジは姿を消し、代わりにガールズバーが次から次へと出没し、ひじきのような濃いまつ毛の二十歳前後の女の子が、憂鬱そうな顔でビルの前で客寄せをしている。
私はカクテル一杯五百円、おつまみも五百円均一の看板に魅かれて、小さな居酒屋に入った。
ふと思う。
私も将来こういう店を持てたら、そして友哉と一緒にカウンターに立てたらと思う。私は、ミニビールと天女のふわふわポテトを注文した。
「なんだい、この天女のふわふわポテトというのは?」
ふと横を見ると、どこかで見たことのある青年が、カウンター越しに尋ねている。
「はい、ポテトサラダのミルク風ですね。女性に人気があるんですよ」
白い帽子のコックが答えた。
新装開店したばかりなのだろう。8席くらいのカウンターしかないが、洒落た店である。こういう小さな店は、常連客が多いだろう。
洋花のアレンジメントが飾られている。女性客を意識しているのだろう。
ふと見ると、二か月前に私をキャッチしたホストがいた。
シャインという店の飛雄(ひゆう)といったのを覚えている。
カウンター越しにコックが、飛雄に言った。
「どうです、景気の方は?」
「まあぼちぼちですね。でもこの仕事をしてたら、浴びるほど酒も飲むし、女に対する性欲が失せてくるね。新鮮味がなくなるとでもいうのかな」
そういえば昔、大阪ミナミの繁華街で№1ホストクラブのオーナーが脱税で逮捕され、家宅捜査をされたとき、なんと部屋中にあふれんばかりのアダルトビデオばかりが出てきたという。
まさか、ファッション雑誌などの女性向き雑誌のように、女性客と共通の話題づくりでもある筈がない。
隣のソファに座っても接客するだけで、決して本音を言ってはならず、ましてや恋愛などご法度。その欲求不満が、アダルトビデオに向かわせるのだろうか?
それに女性客にはつけ(売掛金)の踏み倒しなどで、裏切られることもある。
給料袋を開くとお札のかわりに、二十万円の請求書だということもしばしばある。
ホステスもホストもリスキーな職業であることには、間違いがない。
コックは声を潜めて続けた。
「この辺、私服の婦人警官がうろうろしてるから、キャッチをするとき、気をつけなきゃ派出所に連れていかれるよ。迷惑条例違反になりかねないだろう」
「そうかあ。この仕事、いつも悩みと不安とがついてまわるよ。
でもキャッチしなきゃ客は取れないしな」
「まあ、ドラッグだけには手を出すなよ。
水商売の顛末なんて借金まみれになるか、儲かってるように見えても、脱税で逮捕されるかどちらかだというが、飛雄にはまっとうに生きてほしいな。
だって飛雄は母親思いのいい人なんだから」
そんな気安い会話ができるということは、お互い信用し合える旧知の仲なのだろう。
飛雄の方から私に気付いて、声をかけてきた。
「あっいつかの恭香さんのお連れの方だったっけ」
私は思わず身構えた。
「あの、私にキャッチしたってダメよ。私、お金のない人だから」
飛雄は、首を横に振った。
「何言ってるんです。僕たちの営業時間は、午前三時からですよ。
誘えるわけないじゃないですか!?」
そう言いながら、飛雄は私の隣に席を移した。
「これ、僕のおごりですよ。まあ一杯」
瓶ビールを、私のグラスに注いだ。
「僕、こう見えても普段はお酒は弱いんです。だって、仕事上、浴びるほど酒を飲むでしょう。プライぺートでは、ビールグラス二杯が限度ですね」
「ふーん、意外ね」
「よくそう言われます。ホストって週刊誌とかのイメージで極悪非道の大悪人といったイメージがあるじゃないですか。女性客をうまくだました挙句、借金をつくらせて系列店の風俗店に送り込むいや売り飛ばすなんてね。
でも、僕はホスト三年やってるけど、僕の身近にはそんなのあり得ないですよ」
私は意外に思い、週刊誌の受け売りをした。
「でも女性週刊誌によると、キャッチした子に無理やりドンペリとか飲ませて、断ると『姫、シャンパンコールを始めます』などと言って騒ぎ立て、頼みにしないのに百万円のシャンパンタワーをたて、気がつくと売掛金二百万円になり、本人が払えないから本人の自宅へ行き、母親が払ってもらったなんて話を聞いたことがあるわ」
「少なくても、僕の身近というより、僕の勤めてる店ではそういうのあり得ないな」
少し悲し気な表情で、飛雄はビールを飲みほした。
その悲し気な表情が、ふと友哉とだぶった。
よく見ると、服装の好みも友哉と似ているようだ。
デニムパンツに、金の模様の入ったグレーのトレーナー。
メンズ雑誌に載っているような、若者向けのファッション。
友哉も五年後には、こんな風になっているのかな?
「僕はね、実はハーフなんですよ。父親はイタリヤ人、母親が癌でね、治療費を稼ぐためにこの仕事をしているんです。僕一人だったら、サラリーマンでも食べていけるんですけどね、母親の入院費を払わなきゃならない。
だから、この仕事で稼がなきゃならないんですよ」
私は、ふと友哉に置き換えてみた。
もし私が病気になったら、友哉は面倒をみてくれるだろうか?
飛雄は話を続けた。
「実は僕、昔の話ですけどね、客に売掛金を踏み倒されたことがあるんですよ。
それで、二百万僕がかぶることになって、店に払いましたよ」
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