第13話 私を陥れようとした借金まみれ店長の大嘘
しかしどうも腑に落ちない。
本当に店長は、その客に恐喝されているのだろうか。
いや、その客の名前さえもわからないのに、自宅まで呼び出されて出向いていくものだろうか。
店長のつくり話ではないか?
このままでは、私一人だけが悪者であり、加害者になってしまう。
こんな理不尽が許されてたまるか。
私は、持ち前の負けん気から、真実を確かめたいと思った。
私はネットカフェから、店長を恐喝した客になりすまして、本社ご意見番宛にメールを送った。
「私は以前、そちらのチェーン店〇店で、料理をかけられた者ですが、腹が立って店長と名乗る人物を自宅に呼んで、謝罪させましたが、そのとき、その方が玄関先の傘を間違えてお持ち帰られたのではないかと思われます。
その傘はさるお方からの、預かり物ですので、一刻も早くご返却望みます」
多分、なんらかの反応はある筈である。
もし、店長がエリアマネージャーに言った通り、本当にその客の自宅に行ったのなら、このメールの内容は信憑性のあることだ。
もし、その客に自宅に行っていないなら、このメールの内容は店長の嘘でたらめということになる。
私は一週間後、反応をみてみようと思った。
一週間後のことだった。
また私は、本社にメールを送信した。
「店長様、先日自宅に謝罪に来て頂いたとき、傘を間違えて持って帰られましたね。その傘は金額的には百万円するもので、さる方からの預かり物ですので、早く返却して下さい。あなたには返却の義務があります。
というのは、この傘はさる方の預かり物です。このさる方というのは、風俗営業と金融業を営んでいる方であり、その方と社員全員がそちらの店舗にお伺いし、直接そちら様と交渉したいなどと、言い出しました。お願いです。私と店長様の身の安全の為にも、早く傘をご返却願います」
私は、我ながら推理小説作家まがいの考えた文章だと自画自賛した。
これは、本社でもちょっとした騒ぎになるはずだ。
風俗営業と金融業を営んでいる方というのは、世間でいう反社とみなされる。
その反社が舎弟いや子分を引き連れ、チェーン店にいくとなると、これは本社でもだまっているわけにはいかない。
それでなくてもその店は、反社と深いつながりがあり、他のアウトローは手出しできないと噂する人もいるくらいである。
本社の方も、なんとか策を講じないと危ないことになると、用心するはずである。
私は、うつうつとした気分を吹き飛ばすために、繁華街へと出向いた。
鮮やかなネオン街をおしゃれして歩くと、にわかセレブになったみたいで、少しは気も晴れるだろう。
友哉はどうしてるのかな、あれ以来、連絡をとっていない。
ふと、セルフサービスのカフェで、珈琲でも飲もうかと出向いた。
そのときだった。店内にはなんと氷室恭香がいたのだった。
「こんにちは」
向うから、頭を下げ笑顔で挨拶してきた。
一見見ると、まるでグラビアアイドルのような化粧とあかぬけた洋服。
私は恭香の向かいの席に座ることにした。
「おタバコは吸われますか」
私の前に灰皿を差し出す恭香は、まるで水商売のキャストみたいである。
「この店は未成年も出入りしているので、タバコは吸えないわ。
まあ、もともと私は喫煙者じゃないけどね」
恭香は恐縮したような困った顔ののち、笑顔を浮かべた。
「先日はどうも。おかげ様で、私は今度ファッション雑誌のモデルをさせていただくことになりました。さっそくできた見本誌、一冊差し上げますね」
目の前の恭香は、ブランドもののブラウスに身を包んでいて、モデルのようなスタイルである。
華やかな世界の若者と、平凡なパート主婦。
まるで韓流スターとファンとの関係のようである。
「いろいろお聞きしていいですか。友哉の母親として、あなたを知る義務があると思いましてね」
恭香は、微笑みながらうなづいた。
「氷室さんでしたね。あなたが、こんな生き方をしようとした、きっかけはあるんですか。もしそうだったら、教えて頂きたいです」
恭香は、殻然として答えた。
「よく聞かれる質問ですがね、これは私の趣味嗜好の問題じゃないんです。
現在は法律が施行されましたが、性同一障害というひとつの体質なんです」
私は一度NHKEテレで見たが、やはり理解できない。
もっともLGBTの男性曰く、Eテレはそういった人を身障者として扱っているらしいが。
そのとき出演していたのは、いずれも三十歳過ぎの男性で、なかには嫁との間に子供のいる人もいた。
なかには元会社社長で、カミングアウトした時点で家族から見限られたが、また復縁したという男性もいる。
恭香のように、モデルばりの華麗なる美人でもなければ、演歌歌手の氷川きよ〇のようにドレスの似合うスラリとしたスタイルの容姿端麗でもない。
ただ、Eテレでは、性同一性障害というのは、ひとつの障害のようなものであり、妊娠中の胎児のとき、ホルモンバランスが崩れてそういった現象が起こるらしい。
だから、いわゆるおかまと呼ばれるように、一般男子が女装して人の笑いをとるのとは全く違うのである。
今はおかまという言葉は死語であるが、昔は個性の薄い売れないタレントは、藤井隆のようにおかまキャラとして売り出し、いったんは世間の注目を浴びたものである。
性同一性障害者は四年ほど前から、戸籍上の性別を女にすることが認められた。
その条件とは
➀二十歳以上であること
②現に婚姻をしていないこと
③現に子がいないこと
④生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあることで、その 身体について、他の性別の係る身体の性器に係る部分に近似する、外観を備えていること。
④は要するに、性転換手術をしているという意味である。
もっとも、椿姫彩〇の著書「私 男子高校出身です」のなかで、性転換というのは五割が自殺し、残りの五割も自殺未遂を図っていると記されていたが。
私は、興味深げに見ていたが、世の法律というのは、事件が起こってからできるのだと思った。
私は再び、恭香に尋ねてみた。
「ねえ、あなたは将来の夢とかあるの?」
恭香は、笑顔で答えた。
「川島さんもご存じの通り、私の実家がホストクラブを経営してますでしょう。
だから、その後継ぎをする予定です。
私、こう見えても珠算も簿記も二級取得してるし、マウス検定も合格してるんですよ。将来は宅建や経営学の勉強もするつもりです」
私は思わず感心してうなづいた。
「なかなかの努力家ね」
恭香は軽いため息をつきながら、語った。
「私たちみたいな、ある意味被差別者のような立場の人間は、人一倍、いや人の三倍は努力しなければ、すぐ世間の壁から真っ逆さまに墜落してしまうんです。
世間の壁は、ロッククライミングみたいによじ登る以外に、生きるすべがないんです。いやそれよりももっと厳しい、氷の山をかろうじて登っているようなものです。少しでも油断すると、突き落としてやろうとする敵から、足元を救われるんです」
私は心から感嘆した。
「まるで戦争中みたいね」
「今はロシアとウクライナ間で戦争がありますが、今、日本人の心は戦争に近づいてきていますね。麻薬や失業者が増加する一方ですね。
僕は最初は単なる目立ちたがり屋だと誤解されていましたが、そうではないと宣言してからは、ますます偏見の色眼鏡で見られるようになりました。
なかには心ない言葉に負けて、高校を転校した人もいます。
だから、逆に私は人の心の痛みがわかるような気がするんです。
この世に弱い立場の人ほど、悩みを相談できず、うつうつとした挙句の果て、悪い仲間に引きずり込まれたり、自殺という最終手段を図ったりする。
しかし私は、その弱さが悪の入口に入っていくという、弱さのスパイラルを食い止めたいのです」
私は感心して聞いていた。ひとつの人助けだろうか?
「あなたの心がけは素晴らしいと思うわ。でも具体的にどういうことをしたいの?」
恭香は淡々と答えた。
「そうですね。自殺防止に貢献できたらと思っています。
だって、性転換した人の四割が自殺し、六割が自殺を考えたことがあるといいますからね」
あれっ、私が読んだ椿姫彩〇著の「私 男子校出身です」と似たような内容である。
マスメディアで華やかに活躍している氷川きよ〇は演歌歌手で容姿端麗、IKKOやはるな愛はトーク力がある。
もっともトーク力といっても以前はバラエティ専門であったが、この頃はようやく報道番組にも登場するようになってきたが。
要するに認められる人は、ごく一部の能力をもった売れっ子タレントでしかない。
ちなみにタレントという言葉は、能力という意味である。
「あと、病人の話相手をしたり、カウンセリングをしたいという高尚なものでなくてもいいんですよ。話を聞いて気持ちを理解することができたらと思ってるんです」
私は答えた。
「でも病人も自殺志願者も、精神的に病んでいる人が多いから、かえって失礼な言動をとったりする場合もあるし、感謝されるどころか逆恨みされたり、なかにはそういった社会的弱者を利用しようとする悪党が、バックに控えているケースもあるわ」
恭香は、覚悟したかのように答えた。
「私たちの仲間でもそういう人は、何人かいます。だいたい、私たちの世界って水商売が多いでしょう。だから、客に騙されて売掛金いわゆるツケを踏み倒されリ、客の取り合いでもめたりもします。それに、田舎ほど偏見のきついんです。
だから、私は都会育ちだっただけでも、ラッキーだったと思います」
それもそうだろう。水商売でも都会の繁華街でしか稼げない。
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