第9話 息子友哉の謎の女もどき友達

 田辺婆さんは、私に負担をかけて平気だし、看護師は私を厄介な荷物運びに利用すること以外には考えていない。

 私は限界を感じ、この職場を退職しようと決心した。


 定時は四時なので、私は定時を少し超えた四時十分に職場であるベビーセンターを出た。

 見ると、入口で看護主任と田辺の婆さんヘルパーが、私をちらほら見ながら、何やらひそひそ話をしている。

 話の内容は聞き取れるはずもないが、良からぬ内容だということは、二人の顔つきを見れば一目瞭然である。

 こんな出口の見えない、理不尽な労働がいつまでも続くのだろうか。

 ここは、私の居場所ではない。早く退散すべきである。


 私は帰り道、久しぶりに繁華街のグリルに立ち寄った。

 久しぶりに奮発して、ハンバーグを注文した。

 ベビーセンターを退職し、新しい職場を見つけようとするモチベーションとしての、やる気づけ、元気づけのためである。

 普段はカロリーを気にして、ハンバーグなどの肉製品は控えているが、今日は無理にでも元気をつけなければならないので、特別だった。


 オレンジと茶色をベースとした明るい店内には、映画音楽が流れている。

 斜め向かいを見ると、なんと息子の友哉が二歳くらい年上の女性と、向かい合って座っている。

 友哉は、黒にシルバーのTシャツにデニムパンツ。

 これで、金髪にするとホストみたいである。

 女の子の方は、薄化粧にジャンパースカートに、花柄のブラウス。

 今どきの地味目だが、アクティブな感じの服装だが、シャネルのバッグをさげている。

 何者なのだろう。

 しかし今は、シャネルのバッグといっても中古品で安価で購入できる時代である。

 外見だけでは、見分けはつかないが、そう悪どい感じはしないが、かといって華やかな感じもしない、あくまで平凡な雰囲気の子である。

 私は思わずじーっと見入っていた。


 友哉の方から、私に気付いた。

「あれ、おかん、こんなところで何してるの?」

 私は、友哉の連れの女性に挨拶した。

「こんにちは。息子がお世話になっています」

 女性は、とまどったように目をしばたたかせた。

「友哉君のお母さんですか? 初めまして、私は氷室恭香といいます」 

 茶髪のアップに結ったヘアスタイルで、深々と頭を下げる様子を見て、私はこの女性は一体何者だろうと思った。

「おかん、俺、今日は急ぐからこれで失礼します。それとこの店、アールグレイの紅茶が最高のおかん好みだぜ」

 私の好みを覚えていてくれていたのが、ちょっぴり誇らしい。

 中学三年になった友哉は、身長も170㎝に成長し、小学校五年のときから私の身長を抜いている。

 離婚した篤志より、私に似ていて、スリムな体格でジャニーズ系を男っぽくしたようである。

 こうして、友哉と氷室恭香は軽く会釈して、その場を去った。


 あの女性はいったい何者?

 なんだか、友哉は氷室恭香の尻に敷かれているようだ。

 まあ、美人の部類には入るだろうが、美人ほど悪男からの誘惑を受けやすい。

 友哉は、女の子と付き合ったことのない初心な男の子である。

 悪男の誘惑を受けたまあまあの美女ほど、初心な男の子に対してわがままに振舞ったり、最悪のパターンであるが、悪男の指示で恐喝まがいのことをしかねない。

 今度、さりげなく友哉に聞いてみる必要がありそうだ。


 翌日、友哉はいつものように病院のベビーセンターに通勤した。

 さっそく、看護主任に呼び出された。

「川島さん、昨日定時に帰ったって」

 私は当然のように「はい」と答えた。定時に帰るのは当然である。

「その日のうちの仕事は、その日のうちに片づけてしまう。ただし、残業手当は出ない。これはこの病院の方針であり、田辺さんの約束だろう」

 エエッ? ただ働きのサービス残業とせよというのか。

 そんなこと、私は面接の時点では聞いていない。

 第一、それだったら私に仕事を持ってき放題じゃないか。

 ただ働きだから、いくら仕事を押し付けられても文句は言えない。

 そんなことが実行されれば、私はいつまでたっても帰れじゃないじゃないか。

 看護主任は、まるで上から下を見下ろすように、高飛車に私に言った。

「すみませんだろう」

 なんだ、偉そうに。私は看護師に買われた奴隷じゃないんだ。

 でも、私はもうあと一週間もたたないうちに、退社することが決まっている。

 今更言い争っても、無意味であるので、その場を取り繕うしかない。

「すいません」

 と言っておいた。

 なんだ、ここの看護主任は、完全に田辺ヘルパー婆さんに唆されている。

 こんなところに、長居は無用。

 三日後、私は退社した。


 私はさっそく母の家に行き、友哉に会いに行った。

 友哉の女友達ー氷室恭香のことが、気になって仕方がない。

 友哉は、参考書を読みながら、数学の問題を解いていた。

 私は、手作りのみそ餃子と、水菜のサラダを持参して行った。

「わあ、俺の大好物、有難う」

 友哉は、無邪気な笑顔を見せた。

 色気より、食い気という世代だろう。無邪気な笑顔が私の心を

和ませた。

「この前、びっくりしたで。あの店、よく行くの?」

「いや、あんな洒落た若者向きの店、初めてよ。あの店、以前は携帯ショップじゃなかった?」

「そうだったなあ。でも、おかん、ハンバーグは肥満のもとだぞ。まあ、俺も大好きだけどさ」

 さすが息子。ちゃんと私の注文を見ていたんだなあ。

 私は嬉しかった。やはり、別居していも血のつながりは、変えられない。

「ねえ、氷室恭香さんだったっけ。きれいな人だけど、大学生?」

 まさか、水商売だとか、金持ちの娘だとかは質問できる筈がない。

「気がつかなかったっけ? あの子、俺より一歳年上だけどさ、男なんだ」

 ひえーっ、そういえばテレビではLGBTー昔はニューハーフと呼んだーを見たことがあるけれど、まじかに見るのは初めてである。

 なかには、男子高出身のLGBTの女子大生(?)もいる。

「初めは、公立高校へ行ってたんだけど、なじめなくてさ。今は通信制高校に通ってるんだ。実は、俺の小・中学校の先輩にあたるんだよ」

 私には想像もつかない、マスメディアのなかでしか見ることのない別世界だった。

 といっても、友哉にあれこれ聞くのは、うざいと思われそうなので、とりあえずニューハーフいやLGBTのことを、テレビや本で調べようと思った。

 普段は、離れて暮らしているのに、交友関係だけは出しゃばってくるなどと思われるのはつらいものがある。

 しかし我が息子とはいえ、だんだん私の知らない男の部分が表出してくる。

 中学三年というと受験期だが、友哉はマイペースで勉強を進めている。

「今度、保護者と三者面談があるんだ。おかん、一緒に来てくれるよな」

 もちろん、参加するつもりである。

 非行に走るでもなく、今のところいじめに合ったりまた加わったりするわけでもなく、すくすくと若竹が伸びるように、まっすぐに成長している息子だけが、私の救いだった。


 私は、氷室恭香のことが気になり、ニューハーフいやLGBTのことを調べた。

 紅白歌合戦にも出場したこと、のある有名人もいる。

 しかし当人曰くそれが原因でやはり、学生時代はいじめを受け、自殺も考えたほどだったという。

 高校を中退して、歌手活動に専念し、ライブハウスで演奏しているところを、芸能界からスカウトされたという。

 ひょっとして、恭香は我が息子友哉のことを、男として好きなのだろうか。

 だったらホモ、いわゆるゲイである。

 今すぐ友哉に会って、恭香との交際を止めさせたいが、そんなことをしたら、ますます反抗され、もう来てくれるなと言われたら身もふたもない。

 LGBTのことを調べてみるために、繁華街のゲイバーへ行ってみたい。

 しかしそんなところで、本音を語る人などいやしないし、ああいったところは料金が高くて、私の給料はとんでしまいそうだ。

 しかし、私は友哉のことが気になるのと、昨今の若者事情を知るために、繁華街へと出向いて行った。


 私は朝、珍しく朝六時に目覚めた。

 昨日は、友哉のことが気になり、ほとんど寝付けなかった。

 LGBTの中には、犯罪に利用される人もいるという。

 薄いスケスケのブラウスを身にまとい、男に痴漢させるように誘惑したり、ホテルへいく現場をわざとスマホに撮影させ、恐喝の材料に使う者もいるらしい。

 またそれとは逆に、演歌のプリンスとうたわれていた人気演歌歌手がLGBTであることをカミングアウトし、批判を承知のうえでロングドレス姿を披露している時代である。

 しかしそれは、芸能界だから赦されることであり、一般社会には受け入れられないのが現状である。

 NHKEテレでは、LGBTを差別と偏見を避けるために身障者として扱っているという向きもある。


 氷室恭香は、いったいどんな目的で友哉に近づいてきたのだろうか?

 小中学校の先輩だというが、卒業アルバムを見ない限りは、真偽のほどは謎のままである。

 いくら考え、想像を巡らしても、私のまわりには今までLGBTは存在しなかったので、解決策は見当たらず、ただ不安感からアタフタするだけだった。

 今はただ、友哉のことが気がかりで仕方がない。

 友哉が犯罪にでも巻き込まれたら、どうしたらいいだろう。

 いっそのこと、親子心中という言葉が頭をよぎるほどだった。


 

 

 



 

 

 



 

 

 


 

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