第7話 店全員解雇 そして病院ヘルパーに転職
詐欺セクハラ店長の悪事が、ついにエリアマネージャーに暴露したことには誰かの報告いや密告があったはずだ。
私は察しがついている。
海田先輩が、店長の悪事を本社社長に手紙で訴えたのである。
海田先輩は、店長を庇う必要などないのだ。そもそも相手を庇ってウソをつくということは、自分になんらかのメリットがあるからである。
ただ働きを強要されかかったり、皆の前で「仕事を教えてもダメな無能者」と恥をかかされたり、二千円とはいえ「食事代を要求する」などと嘘をついて金を騙し取られた挙句、皆の食べる朝食さえ食べさせようとはしなかったのだから。
平気でうそをつく、詐欺店長の子分などに甘んじる必要は、もはやないのである。
アルバイト総勢六人は、全員うなずいた。
「このことは、すべてがおっしゃる通りの事実でしかありません」
正直な意見を語るしかない。嘘の上塗りなど、もはや通用しない。
エリアマネージャーが、あきらめ顔で言った。
「じゃあ、今まであんたら全員、店長の労働時間について俺にウソをついて騙していたのだな」
アルバイト総勢六人は、沈黙のままである。返す言葉などある筈がない。
「この事実を私に報告しなかったということは、隠蔽工作をしたということだ」
エリアマネージャーが、怒りに声を震わせ、重々しく口を開いた。
「店長はこの事実を認めた。君たちのやったことは、店長の詐欺行為及びセクハラ行為に加担したということである。今月をもって、店長はじめ全員退社してもらうしかない」
そして、私も含め、アルバイト全員誓約書を書かされた。
「私たち、アルバイト社員は全員結託して、エリアマネージャーに虚偽の報告をして、店長の詐欺行為、セクハラ行為に加担していました。
今後、どのような処分を受けても否定しません」
と書かされ、アルバイト全員の自筆サインと押印を押すことを強要された。
私も含め、全員、納得した上でそれにサインと押印を押した。
なんだか、手錠をかけられた犯罪者のように、重々しく悲劇的な光景だった。
元はといえば、詐欺店長が悪い。まさに諸悪の根源だ。
しかし、それに関わりたくないという自己保身の一心で、エリアマネージャーに嘘をつくのはやはりいけないことである。
嘘というのはやがて暴露する時が訪れるし、嘘をつかれた方は、騙され裏切られたという相手に対する不信感、また自分が相手を見る目がなかったという洞察力の無さに悩まされる結果となる。
私は、世の中の複雑さに、胸が締め付けられそうだった。
私の一人息子である友哉は、中学二年になっていた。
公立中学なので、弁当が必要だが、家事は私の母にまかせっきりにしていた。
友哉は、学校では優等生で、生徒会長をしている。
本来は、委員も含めて生徒会長なんて目立ちたがり屋のすることで、要領のいい子は、その分がり勉するものだよと、友哉は照れ臭そうに言っていたが、私の体験上、学歴がものをいうのは三十歳までよ。
むしろ、三十歳までに高学歴で、フリーターだったら、社会不適格者のスティグマ(烙印)を押されかねない。それよりも、いろんな人と接して、コミュニケーション力の方が大切だということを、友哉に説明した。
高学歴者のなかには、初対面で相手の高校名を聞いただけで「悪い学校ですね」とけなす人もいる。
案の定、そういったコミュニケーション力のない非常識な人は国立大学を卒業しても、正社員としても就職はなくて、フリーターばかりだったという。
第一、大学や専門学校を卒業して、美容師や調理師の免許を取得している者でも、就職が見つからなく、就職したあとでも一年以内に辞めるではないか。
そのあと何をしているかというと、売れないホストをしているケースもあるという。
私は高卒であるが、それを恥じてはいなかった。
現実に、女子の大半は非常に就職が難しく、コネがないとまず無理だという。
それより、社会経験のある方が有利だという。
その点、私は今まで働いてきただけ、恵まれていると思った。
今度の就職先は、病院の看護ヘルパーである。
ハローワークでは、年齢は六十歳迄、学歴不問という求人欄に魅かれて、応募したのだった。
面接の時点から、事務員の男性に、この業種は異業種といって辞めていく人が余りにも多いと聞かされていた。
だいたいそういった職場は、給料が安くて仕事がきつくて、短時間に多くの仕事をこなさなければならず、それに加えて上司からの文句が多い、一人辞めていくと、別の人がその人の分まで引き受けねばならないという、辞めるも地獄なら残るも地獄といったうんざりするようなパターンが多い。
だから、試用期間が四か月もある。初めの二か月は試用期間のための試用期間であると告げられたが、それはその試用期間の間に辞めていく人が多いのだろう。
八時間勤務のわりには、給料が安いので無理もない話だろうが。
私の配属先は、ベビーセンターといって、未熟児専門施設であった。
看護師は、夜勤もあるので二十五歳前後の人が多かった。
若いせいか、きれいな人が多い。
夜勤が多いということは、若い人しか勤まらないという意味でもある。
一応、看護主任と副主任は、三十歳前後の人だった。
先輩にあたる人ーといっても、七十歳くらいの高齢者女性と、六十歳近い女性だった。
仕事内容は、医療器具などの荷物を運ぶ肉体労働と掃除であった。
入院しているのは、全員、保育器(クエス)に入っている未熟児ばかりである。
未熟児は抵抗力がないので、外気にさらすことができない。
食器も洗剤も専用のものを使い、入室するときは靴を履き替え、ガウンを着替え、手を洗ってから入室することになっているという神経質な職場である。
最初は、七十歳近い先輩ー田辺ーにあたる高齢者に、指導教育してもらうことになった。
二週間もすると、私は仕事を覚えた。
しかし、掃除の方は私も含め、ヘルパー三人が各々役割分担が決まっているが、体力的にしんどい荷物運びは、看護婦総勢から私に指名がかかるのだった。
たぶん、年齢が近いし、雑用だから金を払う必要がないという感覚があったからであろう。
それに、このベビーセンターは、きまった昼休み時間も残業手当も存在しない。
私は、看護師の荷物運びの指名を断ることはなかった。
私が荷物運びをしている間、田辺の婆さんは製氷機から、私用に使ってはならないという貼り紙を無視して盗み出し、看護師相手にお茶を入れたりしている。
最初は、微笑ましい光景だと思っていたが、どうやらそれは私のとんでもない勘違いだった。
要するに、看護師は高齢者である田辺に仕事を与えず、その代わり年の近いきわめて利用価値のある私にだけ、荷物運びをさせているのである。
その間、田辺をなにをしているかというと、なんと看護師相手に、もう一人の先輩上村の悪口と私の悪口を言い続けているのだった。
なんともいえない驚きの不気味な光景だった。
「皆さん、さあ、お茶が入りましたよ」
今日もまた、田辺婆さんが若い看護師三人相手に、製氷機から盗み出してきた氷をコップに入れ、お茶を入れている。
看護師はその氷は、製氷機から盗み出してきたものだということは、周知の事実であるが、やはり氷の入ったお茶を飲みたいので、黙認している。
しわだらけの顔に、にやにやと愛想笑いを浮かべながら、自分の孫のような年齢の看護師にべんちゃらを言い取り入っている様子は、なんだかコントを見ているようで滑稽ではあるが、哀れさが漂っている。
「まあまあ、今日は満開のフリージアのようなべっぴんばかり。このベビーセンターは、女性のお花畑ですねえ」
看護師は、上機嫌で笑っている。
考えてみると、無理もないかもしれない。
月の約三分の一は夕方四時から午前0時までの準夜勤、あとの三分の一は午前0時から八時までの深夜勤、朝八時から夕方四時までのOLの勤務時間は、月の三分の一しかない。
休憩中も清潔区間なので、一歩も外で出ることもできない。
部屋から退室する場合は、靴を履き替え、上着も着替えねばならない。
そんな中で、田辺のべんちゃらは、べんちゃらとは充分わかっていても、美辞麗句を浴びせられるとなんだか自分が偉くなったような気がして、喜ばしいのだろう。
また田辺婆さんは、看護師相手にたこ焼きをプレゼントしたり、喪服を貸したりしているらしい。だからある意味、田辺婆さんは頼れる人気者でもある。
「ねえ、私は上村さんと十年来の仕事のつきあい、あの人って一見おとなしそうに見えるでしょう」
また出た。田辺婆さんのもっともらしい中傷が。
相手をチョイ悪の加害者に仕立てあげ、さも自分が被害者のように話を作り上げ、看護師の同情を買おうとするが、看護師三人は興味津々にうなづいている。
「上村さんって、一日三時間も休憩をとっているのよ。その証拠にほら、今だってどこかに雲隠れしていないでしょう。どこへ行ってるのかなあ」
ウソつけ。上村先輩は、一日一時間しか休憩をとっていない筈である。
自分を引き立たせる為に、同僚の上村さんを悪者に仕立て上げているのである、独特の田辺節。それとも一種の精神病なのだろうか。
さらに、田辺婆さんはクッキーを看護師仲間三人に渡しながら言った。
「この前入ってきた川島友里っているでしょう。この前、ゴム手袋で食器を触ったんだって。ここは清潔区間であることを忘れているのかな。汚いことをする人ね」
そこに私が入ってきた。
田辺婆さんは、友里に宣言した。
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