第5話 新しいバイト先のパワハラ店長
どうせいずれ、遅かれ早かれクビになるなら、泣き寝入りではなく、真実を公表してからクビになった方がすっきりする。
泣き寝入りというのは、闇に葬るという意味もあるが、こういった場合、いつも女性や弱者がなぜか悪者扱いされる。
まっぴらゴメンである。
一週間後、浅間主任は表向きは転勤といった形だったが、実質は退社ということになった。
やはり、賞味期限改ざんが暴露すると厄介なことになるからであろう。
しかし、それから三日後、そのスーパーは本社ごと倒産してしまったのだった。
客からこんな苦情を聞かされたことがある。
「この前、さんまを買ったの。パックをはがした途端に、くさーい匂いがぷーんとして、ハエがたかってきて困ったわ。
あわてて返品しにいったら、店長と名乗るいかにも寝ぼけたような頼りなさそうな人が、すみませんと一言だけ言って返金したけどね。
あの雇われ店長、コネかなにかで入社したのかしら。私以外にも腐った魚の被害にあった人、三、四人いたわ。
まあ、しかし考えようによっては、生焼けよりもましね。
どこかの魚屋は表面だけバーナーであぶり、中身は火が通ってないから生のままで腐っていても気づかないというわ。そして、中身が腐っていると気付かないまま食べて、五時間後、お腹が痛いと苦しむというわ。とくにブリに多いみたい」
やはり、腐っているという噂はすぐ伝わるものである。
地元密着型スーパーがこんなうわさをたてられてるようでは、絶望的である。
保健所から、営業停止処分でも出たんじゃないだろうか。
せめて雇われ店長がもっとまともな人だったら、事態は変わっていたのにと思っても、もはや焼け石に水、後の祭りだった。
私は、全国チェーン店の中華料理屋に就職することになった。
幸い、ファミレスでの経験が買われたのであろう。
体力的にしんどい仕事だし、また私の勤める店舗は、繁華街のあまり上品とはいえない客筋だったので、若い子はすぐ辞めていく。
だから、しょっちゅう求人募集の貼り紙が貼ってあった。
私は、履歴書も持たずに応募したが、その場で店長の面接のもとに、簡素な履歴書を書かされ即決採用だった。
息子友哉は、来月から中学生だ。
友哉は成績がよかったので中高一貫校を受験させたかったが、しかし経済的な事情もあり、今のうちにいろんな家庭の子のいる公立高校に進学させた方が、世間勉強にもなるだろう。
いやそれよりなにより、中高一貫校の生徒は中学二年になる頃、受験のストレスからか息切れして、遅刻やさぼりが目立ち、成績もガタ落ちになるという。
そうなれば、友哉が可哀そうだ。
私は友哉のために、ポロシャツとデニムパンツを新調した。
友哉は私に似て、スリムで小柄だった。
はきはきと返答し、反抗的なところはなく、同年齢の子よりおぼこい感じがしするので、大人たちの受けはよい。
私の小・中学時代に酷似している。やはり血は争えない。
しかし、こういうタイプは一歩間違えればねたみの対象になったり、いじめに合いやすいが、人のねたみというのはどこにでも存在する。
なかには、世話になった人の悪口を言う人もいるくらいである。
友哉にはいじめに負けない、たくましい子に育ってほしい。
友哉と接することのできるのは、週に一度だけであるが、私は友哉にまっとうに生きている私の背中を見せることが、友哉に対する最大のプレゼントだと自分に言生き聞かせていた。
中華料理店での私の仕事内容は、皿洗いとホールと仕込みだった。
やはり、飲食店経験者なので、私は覚えるのは早く手慣れたものだった。
しかし、客筋はやはり一目でわかる反社が常連客として、しょっちゅう来ている。
いや、そういう人は数からすると多くないのだが、やはりどこか目立つものがあるので来店すると「また来たか」ということになってしまう。
そのせいだろうか。雇われ店長も、お世辞とは上品とは言えない人だった。
三十二歳くらいだろうか。仕事中に平気でセクハラスレスレのわい談をしている。
頭は剥げてて、でっぷりと太っていてお腹が出て、バツ2で子供には月に一度は会い、仕送りをしているらしい。
しかし、あちこちに借金を抱えているという。
「あんたは旦那と、週何回交わりますか」
ええっ、私は返事に詰まったが、こういう質問は無視するに限る。
これって、完璧にセクハラ質問。しかし、この店は、三か月もすれば辞めていく人が多いので、そのような常識は通用しないかもしれない
それをいいことに、雇われ店長は調子に乗っているようである。
「やーだー。あの店長ってさ、私らに、あんた処女かって聞くんだよ。どう思う?」
茶髪のいかにもヤンキー風の十七歳の女の子が、私に愚痴ってきた。
なんでも、高校中退でいろんなバイトを体験した果て、この店にたどり着いたらしい。
「あっ私も聞かれた。こんな質問、人生で初めてだよ」
私立女子高に通う、生真面目風が声をかけてきた。
まったく、呆れた店長である。それとも多額の借金から生じるストレスから、このようなセクハラ言動にでるのだろうか。
それから三か月後、二人とも辞めていった。
店長はかなり、不正行為をしている。
労働時間を平気でごまかしているのだ。
店長はいつも、午前十一時から三時までの四時間しか勤務していないのに、出勤簿には午前十時から午後三時、三時から五時まで休息であり、五時から十時までの十時間勤務しているかのように、記入しているのだ。
このことは、チーフからバイト全員に、エリアマネージャーがやってきても、内緒にしておくようにとのかん口令が敷かれていた。
もし、このことが本社に暴露すると、誰が密告したかということになる。
バイトは皆、ややこしいことに巻き込まれたくないという自己保身から、チーフのかん口令を守っていた。
所詮、短期間のバイトなのだ。こんなヤバいことに関与してなにになるのだ。
一応、店は順調に回っているし、何も問題はないではないか。
ややこしいことには、関与しない方が、賢明だという雰囲気が漂っている。
店長もそのことを知っていて、やりたい放題やっているが、嘘や隠し事はいずれは暴露するときが訪れるに違いない。
「隠していたものは、あらわにされ、覆いをかけられたものは、取り外されるためにある」(聖書)
ある日、この店舗に三年間務めているベテラン女子バイトがいた。
四十過ぎの女性だが、最近よく仕事を間違える。
店長が皆の前で、その女性を叱りつけることがしばしばあった。
「十一時までに、開店準備を済ませておくように。もしできない人は、二十分以内に出勤して、ただ働きでもしてでも済ませるように」
よく言うよ。自分はいつも労働時間をごまかして、一日五時間しか働いていないくせに。それに店長は、この頃缶ビールを飲みながら仕事をしている。
使い捨ての弱い立場のバイトには、そこまでこき使うのか。
たぶん、その女性はこの店を辞めても行き場がないことを、知っているうえでこんな無理難題を持ちかけてきているのだろう。
まったく、横暴というか狡猾というか、とんでもない悪質店長である。
こんな弱い者いじめが、世間に通用するのだろうか。
その女性ー海田は無理だと反論した。
そりゃそうだ。海田は、休憩もなしに朝九時から夜六時まで、働かされ、その上タダ働きを強要されようとしている。
一応、労働基準法としては、七時間の労働時間のうち、三十分の休憩を与えなきゃならないという法律さえあるくらいである。
これじゃあ、身体も壊してしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます