第4話 新しい職場はコンプライアンス違反真っ最中

 花子は、自分がグラスを割ったり、卵を落としたりしながらそれを私のせいにしようとする。

「この女が、私に何も教えようとしないから悪いんじゃないか」

 これには、店長もあきれ顔である。

「全く、この調子だろう。俺ももうこれ以上やっていく自信も気力も失せる一方だよ。失礼だけど、貴方も年齢的なことを考えても、別の仕事を探した方が賢明だと思うよ」

 私はとうとう我慢していた意図が、プッツン切れるような気がした。

 花子が、オーナーの義理の娘だから、花子の一方的なわがままばかりまかり通り、私がどんな正論を言っても、無視された挙句の果て、最後は排除されるのは、目に見えてわかっている。

 もうこれ以上は、こんなところに長居は無用だ。

 私は、五年間務めたファミレスを退職することにした。

 その翌日、そのファミレスが多額の負債を抱え倒産寸前であるという事実を知った。私は、ちょうどグッドタイミングで退職したのだった。


 友哉は、小学校四年になった。

 幸い、実母が育ててくれているので、少しわがままなおばあちゃん子だが、成績も優秀で、クラス委員としてサッカー部で活躍しているようである。

 友哉だけが、私にとってこの世の光だった。

 将来は、大学まで行かせたい。その為には、今から私がバリバリ働いて、お金を貯めなきゃね。

 朝から晩まで、十二時間働いている私にとっては、友哉と会えるのは週一度だが、会うときはいつも、友哉に似合いそうな服と手料理をタッパーに詰めて持っていく。

 将来は、大学まで行かせたい。その為には、今から私がバリバリ働いてお金を貯めなきゃね。

 朝から晩まで十二時間働いている私にとっては、友哉と会えるのは週に一度だが、会うときはいつも、友哉に似合いそうな服と手料理をタッパーに詰めて持って行く。

 私は、私だけの特製の味を友哉に味わってもらいたくて、できるだけ塩分控えめで、スパイスや生姜、三つ葉を入れたりして味にアクセントをつけた。

 煮物はパックのあごだし汁を使った。

 母も友哉も、私特製家庭料理だと、舌鼓を打って喜んでいた。

 私も、母親としての使命を果たしている喜びに満ちていた。


 さあ、友哉のためにも働けるうちに働いて学費を貯めていかなあかんな。

 私は、また再就職を探し始めるが、三十五歳になった私は、容易に転職先を見つけることはできなかった。

 ようやく見つけたスーパーマーケットも、飲食店経験者であり、即戦力があると見なされたのだろう。

 三十五歳という年齢は中堅者であり、どんな仕事内容でも文句はいえないということである。

 なんだか、重い荷物を背負うようで不安になってきたが、そんな弱気なことを考えている余裕はなかった。


 私は、五件ほどチェーン店をもったスーパーマーケットの鮮魚コーナーに配置された。

 初日から気づいたことだが、なんと賞味期限を改ざんしているのだった。

 なんと最初に記入されている賞味期限よりも、一週間ほど延期した日数を書いたシールを貼り替えているのだった。

 たとえば、最初に記入されている賞味期限シールが9月20日だったとしたら、そのシールの貼られたラップをはがし、9月27日と記名されたシールを貼り替えているのだった。このことは、完全にコンプライアンスに反している。

 雇われ店長はそのことに気付いているのかいないのか、それも不明である。

 だいたいその雇われ店長を店長と呼ぶ人はいなかった。

 直属の五十歳過ぎの現場主任などは

「あんた、頼んないなあ」と完全になめ切った態度である。

 もしこの賞味期限延長が、保健所に見つかったら、勧告され営業停止も免れない。


 私にも正義感はあった。

 お金より命ですというが、いくら時給八百円のためとはいえ、もしこの賞味期限切れの腐りかけの魚を食べた客が、食中毒でも起こしたらどうなるだろう。

 そう思うと、私は思わずしかめ面をした。

 そして、掃除と盛り付け担当に回された。


 その主任のオッサンー浅間は、私が賞味期限改ざんを断ってから、別の十九歳のバイトの男子にそれをやらせていた。

 彼は高校は中退。ゲームのし過ぎなのか、右目にはクマができている。

 もし見つかっても、未成年がやったことであり、私の監督不行き届きでしたといえば、罪を免れるとでも思ったのだろう。

 賞味期限改ざんシール作成を断った私は、それから目の敵にされるようになった。


 私は、掃除と盛り付け担当の仕事をするようになったが、浅間主任は、ことあるごとに私を目の敵にしてきた。

 ほうきの持ち方がおかしいなどとつまらない文句いやいちゃもんをつけるわりには、ときおり品名や金額を大幅に間違えたりもする。

 そういえばときおり、焼酎の匂いをさせて出勤してくるが、やはり罪悪感と見つかるとヤバいという不安感の現れなのだろうか。

 お前の表情はおかしいなどと揶揄したりもする。

 頼りないとはいえ、雇われ店長は何をしているのだろう。

 賞味期限改ざんが問題になれば、雇われとはいえ、トップの責任者である店長に責任が問われるのではないか。

 こんなことがいつまでまかり通るのか、放置しておいていいのだろうか。

 いつかは、真実が暴露するときが訪れるに違いない。


 賞味期限改ざんしてから、一週間もたたないうちに、客から苦情が殺到した。

 昨日買った蟹とホッケが腐ってたぞ。ひょっとしてこのスーパーの生鮮物はほとんど腐ってるんじゃないか。

 客からの苦情に、雇われ店長は頭を下げて返金という手段しかとっていなかった。

 雇われ店長は、そのことをため息をつきながら、浅間主任に報告した。

「昨日もまた苦情がでてたよ。鮭と鯛が腐ってたって。

 週に三回も四回も苦情がでるようなら、売上が落ちるのは当たり前じゃないか」

 浅間主任は、昔流行った笑い袋のような妙な高笑いをした。

「イーひっひっひっひ。売上を上げようと思ってやったことが、こういう結果になったんじゃ。元はといえば、店長であるあんたが頼りないからじゃ」

 雇われの身分とはいえ、一応は店長の肩書のある人間に対して、あんたとはただならない。

 しかし、頼りないとの低評価通り、雇われ店長はもごもごしているだけである。

 トップである店長がこんなだから、下の人間は悪いことをするんだ。

 まったく先が思いやられる。

 浅間主任は私を振り向き「あんたは、時代と逆らって生きている」

 何を言ってるんだ。それじゃあ、賞味期限改ざんすることが、時代に合っているとでもいうのだろうか?

 それとも、このオッサンの頭脳は腐りかけなのだろうか。

 そういえばこのオッサンは、ときおり焼酎の匂いをさせて出勤してくる。

 やはり、罪の意識を紛らわすためなのだろうか。


 そんなことがあってから、三日後、浅間主任は私に言った。

「売上が去年の半分以下になった。悪いがあんたには、出勤を週三回にしてもらう。そこで、新人を入店することにしたが、一応仕事は教えてやってほしい。

 しかし、あんたのようないい加減な掃除の仕方は辞めてもらいたい。

 相手の人が迷惑だし、可哀そうだろう」

 よく言うよ。どの口が言ってるんだ。

 売上が去年の半分に減少したのは、腐った商品を販売しているからじゃないか。

 それを、いつでも解雇できるパートのせいにするなんて、呆れるよ。

 その日の夕方、私はスーパーの本社宛に、賞味期限改ざんの事実を告白した文書を郵送した。どこそこの店は腐っているなどという噂は、地元ではあっという間に広まるので、いずれこのスーパーは潰れるときが訪れるだろう。

 いや、その前に浅間主任は、私をクビにしたがっていて、転職を勧めている。

 いいチャンスだ。クビになるなら泣き寝入りではなく、真実を公表してからの方が思い残すことなくスッキリする。

 


 




 




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