二話

「それが、言ってた猫か」

「ああ、ブレッドっていうんだ」

「にゃー」

 猫になった俺は、拓満と同級生で仲がいい、蝶野ちょうの夏希なつきの部屋にお邪魔している。

 夏希も愛猫を飼っていて、膝の上に座るココまろという名の猫に睨まれていた。警戒か好奇心かは知らないが、猫同士、仲良くなりたい。

「こんにちは」

 あいさつをしてみたが、ココまろはびくともしない。ただ、睨まれていた。

「俺はブレッド、拓満の猫になったんだ。ヨロシク」

 しかし、やっぱり言葉を返してくれないし、よりいっそう、眉間のシワが深くなった気がする。

「わりぃな。ココまろは、人見知りなところがあるんだ」

 夏希が苦笑いで謝った。

「人見知りつうか、猫見知りだな」

 拓満が上手いことを言う。

 猫見知りか、仲良くなるまでの道のりは簡単なものではないな。

 一方、猫が大好きな夏希には、たいそう気に入られて、可愛がられた。水色の猫じゃらしのふさふさをおれ目の前に差し出して、それを左右にゆさゆさと揺らした。

「ほれほれ、こっちにおいでー」

 夏希は、言葉でも俺を煽ってくる。俺の正体を知っている拓満は、なんとも言えぬ顔をしていた。

 だが、意外にも、ふさふさの動きを目で追っていると、だんだん夢中になってくる。

「ほらほらほら〜」

 どちらかと言えば、夏希の声よりも、細かな動きの方に目はいく。やがて気持ちが昂ってくると、とうとう、じゃらしに手を出した。しかし、手が届く前にふさふさは引っ込められ、硬い床を叩く結果となった。

 俺はムッとした。猫じゃらしのふさふさは、俺から遠くない距離で、またゆさゆさと揺れていた。負けじと、それに飛びついて、動きを押さえた。また逃げられてしまった。もどかしい。縦横無尽に動き回る猫じゃらしを追いかけまわる。

 その様子を離れたところから、じっとみているココまろ。

 ようやく、がしっと捕まえることができた。いい運動になるし、とても楽しい。

「君もこっちきなよ。楽しいよ」

 俺はココまろに声をかけてみた。ココまろはおそるおそるゆっくりと、近づいてきた。

「ココまろもやるか? ほれ」

 夏希は、今度は、ココまろの目の前に、猫じゃらしのふさふさを差し出して、縦横無尽に操った。時に宙にも浮かせた。ココまろは、動くふさふさの動きを追い、気後れながらも手を出そうとし、動きがゆっくりめになったところで、ぱんと出した。宙に浮いていたふさふさは、手からするりと抜けて、また動きだした。

「こんどは、俺やっていい?」

「うん、いいよ」

 と、猫じゃらしの持ち主が代わり、拓満がふさふさを操る。

 今度は俺も参戦する。ココまろと一緒に遊びたいと思ったからだ。

 拓満は、ひざ立ちで、より高いところから操り、上下に左右にと、動きの幅が増加した。

 俺とココまろは、見上げて首を左右に動かし、動きを追う。俺は積極的に手を出したり、飛んだりした。ココまろもマイペースに動き、二匹同時に飛びかかることもあった。夏希と拓満も歓声をあげ、場は盛り上がった。

 ココまろも楽しかったのか、時が過ぎ、俺と拓満が帰るとなったときに、「ばいばい」と小さな声で言ってくれた。少しは心を許してくれたみたいで、嬉しかった。俺も、「バイバイ」と返した。

 

 夏希の家からだいぶ離れたところで、俺は人間に戻った。

「はー、楽しかった」

 人間に戻っても、猫のときの披露や爽快感は残っていた。

「最初はびっくりしたよ。めっちゃ食いついたんだもん。マジで猫になったんだなって」

 拓満が言った。

「俺も意外だったよ。外見だけじゃなくて、中身もまんま猫。ココまろとも会話できたし」

「え、話してた!?」

「うん、最後の方だけだけど、“バイバイ” って」

「……やっぱり、俺には、ニャーって鳴いてるようにしか聞こえないよ」

 なるほど。あれは、猫同士にしか分からない会話だったんだな。猫の俺が普通に話している言葉も、人間にはニャーとしか聞こえない。不思議だな。そもそも、俺が猫になったことも不思議だが。


 その夜、床に就いて目を閉じると、すぐに深い眠りに入った。


『こんばんは、ブレッドさん』

 人の声が聞こえた。重みのある男性の声だった。

 気がつくと、知らない部屋の中にいた。絵本の中に登場しそうな、青紫色のダークメルヘンな部屋で、俺の目の前で椅子に座る男は、西洋貴族のような格好をしていた。あまり格好良くはない。

「あなたは?」

 猫の姿で立っていた俺は、男に尋ねた。

「僕は、ニャック。世界一猫を愛している男さ」

 男は、ひざの上に置いている猫を撫でて言った。猫は、白猫で、青と紫のオッドアイをしていた。見覚えがあると思えば、川のちかくを散歩していた時に会った、あの猫だった。

 そして、その一言で、この男は普通のヤツではないと悟った。

「……それは、どういう」

 尋ねてみると、ニャックは、自身の持つ思想と猫愛を長く語ったのち、俺を猫にした張本人だと明かした。確かにあの時の男の口調だ。見た目もこんなトリッキーなヤツだったとは。

「さあ、ぜひとも楽しんでいってよ。のびのび楽しい猫ライフを」

 


 

 

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猫になった 桜野 叶う @kanacarp

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