猫になった

桜野 叶う

一話

 さんさんと太陽が照っていて、顔の皮膚がキツネ色になってしまいそうなほど、暑い。

 こんな真夏の日差しの中、俺、泉戸いずと朝尋あさひろは一個下の幼なじみの拓満たくみと運動がてら、川のすぐそばの散歩道を歩いていた。

 だらだらと、猛烈な暑さに弱音を吐きながらあるいていると、「ニャー」と猫の声が聞こえた。

 すぐ目の前に真っ白な猫が、四つの足で立っていた。俺たちを見ている。その目は、世にも珍しい、オッドアイであった。目の色が左右でちがうのだ。左目は、青き色で、右目は、紫っぽい色だ。

「白猫」

「珍しいな、オッドアイじゃん」

 俺と拓満は、猫のすぐ前で腰を下ろした。猫は、俺たちをじっと見ているだけで、動かなかった。俺たちも、猫の珍しい目をじっと見ていた。

 猫は、「にゃ〜」と鳴いた。「可愛い〜」と、俺たちは癒された。

「いいなあ、猫。俺も一度は、猫になってみてーな……」

 ため息をつくように、そう言った。


『いいでしょう。君を猫にしてあげますよ』


 どこからか、声が聞こえた。太い、男の声だった。

 願いを叶える? 

「アサちん? どうしたの?」

 すぐとなりにいるはずの拓満の声が、幕の外にあるかのようだった。男の声は、自分の体の内側から聞こえてきた。

「どういうことだ」


『だから、僕が君を猫にしてあげるってこと!』


「俺を……猫に?」

 そのとき、後ろの首元に、数秒、小さな痛みが走った。注射を打たれている、あの痛みだ。そこを押さえようと手をまわそうとしたとき、俺の視界は真っ白になった。



 閉ざされていた視界がゆっくりと開いた。

 まず目に入ったのが、拓満のデカいデカい顔。あれ? 

 あれっ!?

「アサちん……」

 拓満が巨人になってる?

 と思ったのは束の間、拓満がデカくなっているのではなく、俺が小さくなっていたのに気づいた。

 拓満の表情を見て、察知した。

 立ち上がって、緑の堤防を駆け下ると、川の水面に映る自分の姿を確認した。見る前から、確信はついていたが、実際にその姿を見てみると、疑いたくなった。

 俺、猫になってる!!!!

「ひゃっほい!」と飛び跳ねた。驚きとともに、喜びも爆発した。

 やったー! 拓満! 俺、猫になったよ!

「のんきに喜んでる場合? 人間にもどれる方法とかあるの?」

 拓満も下りてきて、呆れた声で言った。

「あ、そう言われればそうだな」

「いや、言われなくても、そこは警戒するでしょ」

 念願の、猫になりたいという願いは叶えてもらったけれど、人間にもどれないのは困る。


『安心して、人間と猫と自由に変わることができるから』

 

 ホントか!?


『うん。僕が今からその方法を教えてあげる♡』


 さっきからキモいヤツだなと思いながら、その方法を教えてもらった。「人間にもどれ!」と心の内で唱えればそれでいいらしい。

 言われた通りに唱えてみると、視界がぴかっと白くなって、本当に人間にもどった。

「もどれた!」

「すげえ、どうなってんの?」

「じゃあ、また猫になれるのかな」

 人間にもどった時と同じように、「猫になれ!」と唱えてみる。

 できた〜。

「にゃー」

 これで、自由自在に姿を変えることができるようになった。

「せっかくだから、猫を満喫だ!」

 拓満、他のやつらには、ヒミツにしとこうぜ。

 猫の時の名前は、何にしようか。

「あのさ、アサちん」

 ん、どした?

「何か言ってるのかもしれないけど、俺には、にゃーにゃーとしか聞こえないよ」

 嘘。

 すぐさま、人間に戻った。

「完全に猫なんだな」

「で、何か?」

「この猫のことはさ、俺とお前だけのヒミツにしようぜ」

「なんで?」

「そっちのほうが面白そうじゃん♪」

 ドッキリを仕掛けている気分がして。

 そういうと、拓満は、微笑んで、

「わかったよ」

 と言った。

「じゃあ、猫の名前は何にしようか」

 猫のときの名前や、ほかの誰かの前に出るときの設定なんかを決めていった。

 猫の名前は、ブレッド。俺の名前は、朝尋あさひろで、朝といえば、拓満は、パンを毎朝食べているというから、ブレッドだ。俺も毎朝、食パンを食べる。いちごジャムとの組み合わせは、毎朝食べようが飽きがこない。

 設定としては、捨てられていた猫を拓満が拾って以降、世話をしているというものだ。それに従えば、俺は拓満の飼い猫になるということだ。しかし、もちろん、本気で拓満の家に住うわけではない。生活はいつも通りだ。ただ、俺がたまに猫になるというだけで。

 ちょうど今は、夏休みの最中なので、比較的、スケジュールは余裕がある。

 いざ、満喫するとしますか。突如として与えられた、猫ライフを。

 

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