居眠り運転
新芽☂
第1話
私は息を詰まらせながら、なにかを探す。ずっと探している。彼女たちが甘酸っぱさや切なさを感じ取った瞬間、顔を背ける。自分だけまだ無いなんて思いたくない。認めたくない。認めてしまったらそこで終わり。
私はちゃんと、水平上にいる。
でもやっぱり、明らかに私と彼女たちはなにかで分けられている。つまらない日々が、ますます味気ないものに、今日もなる。
彼女たちが感じる苦しみも喜びも、私は感じないまま同じ世界に生きて行くのか…?
そう思うと焦る気持ちは増していった。背後に、なにか重たいものがへばりついている感覚が離れない。迫ってくるんじゃない。もう既に、がっちりとしがみついているようだった。一瞬たりとも、私を放そうとしてくれない。こうして帰っている途中も、重くのしかかってくる。
私もつかみ取りたい。はやく降ってきてよ。どこにいるの。はやく
せかす私の気持ちを読み取ったみたいに、彼が現れた。
彼はとても優しくて、誰かの彼氏みたいに手をあげたり不満を口にすることは、一切なかった。いつも横で景色を眺めているだけ。ただそれだけ。なのに、彼には言葉に表せないほどの安心感があった。真夜中、山道を運転しても怖くない。心地いいとさえ感じる。時間なんてのは今この空間にはなくて、私達ははっきりと自由だった。空が私達よりも遅くて、遠い。どっかの映画のワンシーンみたいに、作られたような、綺麗な空だった。今ここには私と彼しかいない。私達を包む空と、風と、木々しかいない。ずっと先まで夜が広がっている。目の前に広がる暗闇は、全然、暗闇じゃない。今まで閉じ込められていた私の瞼を、そっと撫でてくれるような気がした。見える景色も、音も、光も、異常にやわらかい。わたしがずっと、求めていたものだった。それがこんなにもあっけなく、簡単に手に入るなんて。私は彼と偶然会ったんじゃない。
暗い静寂に、タイヤのこすれる音だけが響く。ただそれだけのことも、こんなに愛おしい。今だけは私が一番だと思った。
この世界で一番幸せにあふれていると確信できた。
たぶん、そうだった。
私達は暗闇の中を走り続ける。何もしゃべらずただ道を進む。懐かしいような、儚いような、でも永遠に続いていきそうな、道を走る。きっと誰にも止められない。時間なんて誰のものでもないけど、絶対に、今だけは、私達の時間なんだ。
しかし彼には一つ、大きな弱点があった。夢の中でしか会えない ということだ。現実にいない人に恋をするなんて、呆れられるかもしれない。自分でもばかだと思う。私は彼の名前も出身も、ほんとうになにも知らない。
でもこの安心感に代えられるものはなかった。お金を払ったって、買えないものあるじゃん。それと一緒だよ、と知らない誰かに繰り返した。私と彼をつなげるただの夢だけど、それは日に日にリアルさを増すようになった。夢ではないように感じることも増えた。そういうこともあって、私はこの人がこの世界のどこかにいる気がしてならない。だんだん彼が、彼と出会うその瞬間が、近づいてくる気がした。早く彼に会いたい。心のどこかでいつも彼を探してる。その時間だって、ただただ楽しかった。息を吸うことってこんなに楽だったっけ。人の目線って、こんなに柔らかかったっけ。。
最寄り駅の木陰の下に。
エスカレーターで隣を歩いてく人達の中に。
自分も見たことのないだれかを探していた。
でも、探しても探しても彼らしき人との出会いは来ない。 今日も。
縋りつくように夢の底へ落ちる。
瞼を閉じればいつも彼がいるから。色のない私の世界を、鮮やかに染めてくれるから。大丈夫。
彼を探し始めると、体が温かさを帯びる。左胸から、なにか温かいものがこぼれてきた。
そして、
私は鮮やかに染め上げられた。
まるでつくられたように鮮やかな、淡くて情熱的な
赤に染まった。
居眠り運転 新芽☂ @bbtamago
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