7.メイド
学祭の準備は滞りなく行われた。
客席は教室の机をくっつけてテーブルクロスをかければ出来上がりだ。飲食をする喫茶店ではあるが、校内の出し物で火の取り扱いは禁止されているので、前もって調理されたものを用意した。
メニュー表や小物作りなどの仕事もあったが、克巳はそのどれも参加していなかった。
「はーい。かっつん動かないでねー」
「う、うん……」
克巳はぎゅっと目を閉じる。硬く目をつむっているためかまつ毛がふるふると震えていた。
そんな彼に、渚は顔を寄せた。
「こちょこちょこちょこちょ」
「うわはははははっ! って、何をするのさ篠原さん!?」
「かっつんが緊張してるからほぐしてあげようと思って」
渚のくすぐり攻撃に、いつもは温厚な克巳も声を荒らげる。悪気のない彼女はぺろっと舌を出した。
「本当に緊張しなくてもいいんだよ。私含めてみんながメイドになるんだから。みんなで可愛くなれば怖くないって!」
「みんなはいいかもしれないけど、僕だけ気色悪いことになったら浮いちゃうって……」
「かっつん私を信じてよ。これでもメイクの腕はプロ並みなんだからさ」
「そ、そうなの? 篠原さんってすごいんだね」
「自称だけどねー」
それを言わなければよかったのに。ちょっと呆れてしまう克巳だった。
しかし、自然と緊張が解けていた。
目を閉じて、渚に身を任せる。安心して誰かに頼れるだなんて、少し前までは考えられなかった。
「おおぅ……。か、かっつん……次はメイド服を……」
「あ、うん。ありがとう篠原さん」
メイクが終わって、渚に促されるままメイド服に着替える。
メイド服は安く購入したものだったので着心地はあまりよくなかった。けれど見た目はしっかりしており、本当にメイドがこの場にいるような錯覚に陥る。
「これが……僕?」
克巳は鏡で自分の姿を確認し、目を見張った。
男子はウィッグもつけているとはいえ、印象が違いすぎた。これでは本当に女の子みたいではないか。
渚のメイクの力が大きいのだろう。克巳は振り返って渚を探した。
「えっ!? ちょっと誰よあの可愛い子!」
「あんな人クラスにいたっけ? あんなに可愛かったら見覚えがないってことないよね」
「綺麗……」
女子から注目されている気がする。克巳は途端に恥ずかしくなった。
実際は見惚れられているのだが、そのことに彼は気づかない。
(やっぱり僕が女装するだなんて気持ち悪いんだ……。ああ、きっと変なんだろうな……)
下を向きそうになる克巳だったが、寸前で思いとどまる。
(篠原さんがせっかくメイクしてくれたんだ。落ち込むのは彼女に見せてからでも遅くない)
克巳が渚を探すと、彼女は彼に見惚れる女子の中に混じっていた。
「し、篠原さん」
「かかかかかかかかっつん!」
何か壊れたみたいに「か」が多かったように聞こえたが、克巳は構わず渚に近づいた。
ざわざわと周囲が騒がしい。けれど克巳には渚の姿しか見えていなかった。
渚の前に立った克巳は、羞恥心を誤魔化すように小首をかしげた。その仕草が妙に似合っていて、彼に見惚れていたクラスメイトを撃沈させた。
「篠原さん……えっと、に、似合うかな?」
「かっつん最高かよ!」
「うわあっ!?」
突然渚に抱きしめられた克巳は慌てた。何がどうなったら彼女に抱きしめられる状況になるのか見当がつかなかった。
それでも倒れないように渚を抱き止める。これでも男の子なのだ。
どう反応したものかと迷っている克巳を置いて、渚は抱きついたまま振り返ってクラスメイトに宣言した。
「みんな! 私たちのメイド喫茶はかっつんがメイドになったことで最強になった! 向かうところ敵なし! 学祭のトップを目指すなら今しかない! 今こそがんばろー!!」
「「「おおおおおおおおおーーっ!!」」」
クラスが一丸となって雄叫びを上げる。克巳だけはそのノリについていけなかった。
これがぼっちと陽キャとの差か……。自分がクラスメイトのやる気に火をつけたことも気づかず、克巳は寂しい気持ちになるのであった。
そして、学祭が始まる。
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