6.ジャンケン

 克巳がすっかり忘れていた学祭だが、クラスメイトとして手伝わなければならなかった。

 学祭の準備は放課後にも行われる。普段は存在感の薄いぼっちなのに、イベントごとで勝手に帰りでもすれば、こういう時に限って誰かに気づかれてしまうものだ。


「かっつん、今日から学祭の準備があるんだからね。忘れて帰ったらダメだよ?」

「わ、忘れるわけがないじゃないか」


 渚から情報を得るまで、すっかり忘れていた克巳だった。

 しかし一体何をすればいいのだろうか? 友達のいない克巳は気軽に聞ける相手がいなかった。


「えっと、篠原さん……準備って何をすればいいんだっけ?」

「メニュー考えたり飾りつけで小物を作ったりとかかな。食材なんかは当日持ってくればいいし。あと大事なのはメイド服をどうするかだね」


 今回は聞ける相手がいた。克巳は心の底から渚に感謝する。

 喫茶店なので人気のお化け屋敷のような大がかりな準備は必要なさそうだ。克巳は小物作りでもがんばるかな、と自分の役割を考える。

 そんなわけで放課後。クラスで話し合いが行われた。

 まずは役割を決めなければ動きようがない。とはいえ、克巳には意見を出せる勇気もないので黙って話し合いが進行するのを見守っていた。


「メイドは女子だけじゃなくて男子もやればいいと思います!」


 すると、とんでもない意見が飛び出した。

 当然メイドは全員女子がやると思っていた克巳。男子がメイド服を着ていても誰得というものである。

 もちろん男子はみんな反対すると思っていたのだが、克巳は自分の考えの甘さを知ることになる。


「男子がメイド? それ面白そうじゃん!」

「俺の美しさを見せる時がきたようだな」

「気持ちわりぃ格好見せられて吐く未来しか見えねえよ」


 陽キャグループを中心とした男子がノリノリだったのだ。目立ちたいとばかりにテンション高く盛り上がりを見せる。

 カースト上位グループがそう言えば逆らう者などいない。克巳も反対意見を述べることができない。沈黙は肯定とみなされる。わかっていても大勢の前で発言する度胸はないのだ。


「かっつんもメイド服着ればいいよ。きっと似合うから」


 後ろの席から渚のウキウキとした弾んだ声。絶対に同意できなかった。

 話し合いの結果、男女半分ずつがメイドになることに決まった。


(僕がメイドにでもなれば……。絶対に笑い者にされる……っ)


 メイドは立候補で決められた。克巳は断固たる決意で手を挙げなかった。

 けれど、立候補だけでは男子の半数に達しなかった。だから残りのメイドを決めるため、ジャンケンが行われることになった。

 克巳は悲壮な決意でジャンケンに挑んだ。残った全員同じ気持ちなのだろう。ジャンケンをするみんなの顔がとても真剣なものだった。


「うぅ……」


 これは真剣勝負だ。誰も憎めない。人を憎めないのでメイドを憎むしかなかった。


「ねえねえ、かっつん。メイドになれた?」


 泣きそうな顔で席へと戻った克巳に、渚が目を輝かせて尋ねてくる。その聞き方はどうなんだ? と思いつつも、負けたショックから立ち直れていない克巳は答えられなかった。

 ジャンケンの結果、克巳は学祭でメイド服を着なければならなくなった。始まる前から黒歴史確定である。

 憂鬱な学祭が始まろうとしていた。


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