5.落書き
とある授業中のこと。
(ふおっ!?)
克巳はいきなり背中をつんつん突かれて、内心で驚きの声を上げた。
授業に集中していたから不意打ちのつんつんだった。それでも、声を上げることも、体を大きく跳ねさせることもなかった。そうなっていたら静かに行われている授業に水を差すことになっていたかもしれない。
克巳はやや恨みがましい目で後ろを振り返った。背中をつんつんしてくる相手は一人しかいないのだ。
そこには渚が満面の笑顔で克巳を見つめていた。この授業中に一体何があったというのだろうか?
「ねえねえ、かっつん」
「な、何? 今授業中だよ」
「いいからこれ見てよ」
小声でやり取りをしながら、渚はノートを差し出してきた。
開かれたノートには、デフォルメされたメイド服姿のゴリラのイラストが描かれていた。
「えっと……?」
唐突に謎のゴリラの絵を見せられて、どんな反応をすればいいのか? ぼっち生活が長い克巳には思いつかなかった。
「上手な絵、だと思うよ?」
とりあえず褒めてみる。デフォルメされているとはいえ、ゴリラなのに可愛らしい印象を抱かせる。上手だな、と克巳は素直に思った。
「そうじゃなくてさ。ほら、
赤松先生とは、今授業をしている先生だ。克巳たちのクラスの副担任でもある。
そう言われてみればデフォルメされた絵は特徴を捉えていた。ゴリラになっているのはともかく、目や鼻や口などのパーツがそっくりだ。つまり赤松先生はゴリラ顔なのである。
「確かに似ているけど、なんでメイド服なの?」
「メイド服は譲れないって」
理由になっていなかった。克巳はますます疑問を深める。
けれど授業中のため聞き出すこともできない。克巳は「赤松先生の特徴をよく捉えていると思うよ」と簡潔に感想を述べて、前を向いて授業へと戻った。
※ ※ ※
「で、さっきの落書きは一体なんだったの?」
「落書き!? かっつんひどくない?」
「ご、ごめんっ」
渚が涙目になる。どうやら言葉のチョイスを失敗したようだ。会話経験の少ないぼっちに失敗はつきものである。
「でも、授業中にすることじゃないと思うよ。ほら、授業に集中できないし」
「大丈夫よ。ちゃんとノートは取っていたし、予習もしていたから。赤松先生をじっくり見ながら描けるタイミングってなかなかないんだよー」
そういえば渚は勉強ができるタイプの陽キャだった。克巳が心配する必要はなかった。
「よしよし、かっつんも似てるって言ってくれたし。これで学祭のイラストはバッチリだね」
「え、学祭?」
「もう、かっつんってば何ボケたこと言ってるの。私がクラスのマスコットキャラを描くって言ったじゃん」
渚の役割どころか、そもそも学祭のことを忘れていた克巳だった。そういうクラスで盛り上がるイベントは、ぼっちにとっては苦痛でしかない。学校のあらゆるイベントごとがなくなればいいのにとすら考える彼は、無意識に学祭の情報を遮断していたようだ。
「えっと、篠原さん。僕たちって学祭でなんの出し物やるんだっけ?」
「忘れちゃったの? メイド喫茶だよ。かっつんもがんばらなきゃだね」
「え、メイド喫茶で僕ががんばることってあるの?」
「あっと、これ早くみんなに見せなきゃ。ちょっと行ってくるね」
渚はイラストが描かれたノートを持って陽キャグループの中へと行ってしまった。
克巳がわかったことといえば、なぜメイド服姿のゴリラの絵だったかということだけだ。メイド喫茶をやることと、マスコットに副担任を選んだのだろう。みんなの意見はともかく、それ赤松先生が許してくれないと使えないんじゃないか、と思う克巳だった。
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