8.メイド喫茶

「あのTシャツにプリントされてるのって、前に篠原さんが描いてた絵だよね?」

「そだよー。あれが大好評でさ。みんな超ウケてるんだよね」


 メイド役以外のクラスメイトは揃いのTシャツを着ていた。渚の力作、メイド服を着たゴリラである。ちなみにモデル役のゴリラは副担任の赤松先生だ。

 モデルが自分だと知ってなお、赤松先生は快く了承してくれた。むしろ自分が盛り上げているようで嬉しいとのこと。心の広い先生で良かったと克巳は胸を撫で下ろした。


「それでさ、かっつん……」

「はい?」

「私のメイド姿はどうよ?」


 渚はその場でくるりと一回転してみせた。メイドにしては短めのスカートがふわりと舞って太ももが際どいところまで見えてしまい、克巳を慌てさせる。


「いや……すごく似合ってますね……」

「むぅ……なんか私が無理やり言わせたみたい……」

「いやいや、そんなことないよ! 篠原さん、とても素敵で可愛くて美しくて、僕には眩しすぎるんだよ」

「そ、そこまで褒めなくてもいいじゃん……」

「あっ、ご、ごめんっ!」


 耳まで真っ赤にして俯く渚に、克巳はさらに慌てた。小刻みに震えている。何かまずいことでも口走ってしまっただろうかと焦りまくる克巳だった。

 そんな克巳もメイド姿である。可愛く仕上げられた彼は気づいていないが、傍から見れば美少女二人のじゃれ合いに見えているクラスメイトはほっこりと幸せな気分に浸っていた。

 時間になり、メイド喫茶も営業開始である。


「お帰りなさいませ、ご、ご主人様……」


 覚悟していたことではあったが、接客は大変だった。

 そもそも男の克巳がメイドとして接客するのだ。恥ずかしいのは当然で、ずっと緊張と羞恥で顔を赤くしながらの接客だった。

 他の男子はどんな接客をしているのかと見てみれば、みんなノリ良く対応していた。客も陽キャの女装に面白がるのか盛り上がっていた。


(僕にはあんな風に盛り上げるのは無理だな……)


 対応といえばマニュアル通りのことだけだ。克巳に接客された人はあんな風に盛り上がっていない。それどころかずっと克巳を見つめている。きっと不服だったのだろうと克巳は落ち込んだ。


「このクラスって篠原渚以外にあんな可愛い子いたっけか?」

「誰だよ? 誰か名前知らねえのか?」

「お前聞いて来いって」

「だったらお前が聞きに行けよ」

「いや……美少女に嫌われたくねえし……」


 客席からの話し声は克巳の耳には入らなかった。逆にしっかり聞こえていた渚の方が誇らしげに胸を張っている。


「かっつん可愛いからみんな見惚れてるよー。私も鼻が高いね」

「可愛いのは篠原さんの方だよ。それに篠原さんのメイクのおかげでなんとかやれてるんだ。本当にありがとう」

「な、なんか今日はかっつんにたくさん可愛いって言われてる……。しかも超可愛いかっつんから……うっはぁ……」

「篠原さん? どうしたの、大丈夫?」

「や、やばいって……こっち見つめないで……我慢できなくなっちゃうって……」

「?」


 なぜか悶えている渚を見て、克巳は顔に熱が集まるのを自覚しながら目を逸らした。安物のメイド服は素材が薄いようで、渚が体をくねらせると肉感的なラインが強調されてしまうのだ。


(篠原さんスタイル良いんだから……太ももとか、やばすぎる……。メイド服の篠原さんは反則だよ……)


 傍から見れば美少女二人が恥じらっているように見える。その光景を目にした客も伝染したかのように悶えるのであった。

 謎の美少女メイドがいる。そんな噂が流れていった結果、メイド喫茶は長蛇の列となっていたことを、克巳は知らない。


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