第7話 Survivor(3)

 朝からヘリの音がうるさかった。

 空を見上げると、ペンタグラム社のロゴが入ったヘリが何機も連なって飛んでいる姿が見えた。


 ペンタグラム社はデッドマン・ウイルス・ワクチンの製造を行っている製薬会社だということを藤巻はニュース番組を見て最近知った。

 元の名前は別の製薬会社だった。その製薬会社を買い取ったのが、あの明智欣也であり、明智は製薬会社の名前をペンタグラムと変更した。ペンタグラム。それは五芒星を意味した。五芒星は日本では桔梗の花を意味する。そして、その桔梗は明智家の家紋でもあった。


 第二波といわれるデッドマン・ウイルス感染の大流行が日本政府によって発表されたのは、一昨日の晩のことである。第一波というのは5年前のデッドマン・ウイルス大流行を指していた。

 あの時は人類滅亡の危機とまでいわれ、藤巻自身もデッドマン・ウイルスに冒されて、つい最近まで病床に伏せていた。


 この第一波を収束させたのは紛れもなくペンタグラム社の力だった。ペンタグラム社の現CEOである明智欣也の作り出したデッドマン・ウイルス・ワクチンによって、人類はその脅威から逃れることができた。


 しかし、第二波がやって来てしまった。あの地獄が再びやって来たのだ。

 日本政府は、非常事態宣言を発令し、不要不急の外出を禁止するようにと国民に伝えた。


 時の首相、篠田しのだ未来みくるは、国民に落ち着いて行動するように求め、5年前のような事態には陥らないために、デッドマン・ウイルス・ワクチンの接種を国民に求めた。

 しかし、非接種者たちの集まるワクチン接種会場でデッドマン・ウイルスに感染した人間が暴れだしたことから、人々のパニックは拡大していった。


 ペンタグラム社は感染者たちを隔離するために、武装警備員であるPSSを派遣した。またワクチン接種会場も警備もPSSが担当するようになった。人々は銃火器で武装した警備員に守られながらワクチンを接種するのだった。


 ワクチン接種会場はこちらです。

 ベニヤ板と角材で作った看板を持った中年男性が立っていると、少し先に不審な動きをしている女性の姿が見えた。赤いワンピースを着て、ハイヒールを履いているのだが、猫背で首を前に突き出すようにして歩いている。その姿は、どこか獲物を狙う肉食動物のようにも見えなくはない。

 中年男性が何気ない様子でその女性のことを見ていると、その女性は周りにいた人々を次々に襲い掛かった。


「デ、デッドマンだ……」


 震える声。身体から力が抜けてしまい、中年男性はその場に尻もちをついた。これが腰が抜けるというやつなのだろう。中年男性は初めての経験にパニックになっていた。

 何人かが女性に噛まれていた。感染拡大。返り血を浴びながら歩くワンピース姿の女性はまさにホラー映画のバケモノであった。

 何かが破裂するような乾いた音が響き渡った。

 ワンピース姿の女の身体が大きく揺れる。


『こちらはPSSです。非感染者はその場に伏せてください。繰り返します、非感染者はその場に伏せてください』


 スピーカーから機械で作られたような女性の声のアナウンスが流れると同時に、空気を裂くような音が聞こえた。

 まるでスイカ割りのスイカのように、立っていたワンピース姿の女の頭が吹き飛ぶ。

 同じように立って歩いている人々が次々に倒れていく。


 中年男性が振り返ると、そこには黒い防護スーツを身にまとったPSSの警備員たちがフォーメーションを組みながら前進してくる姿が見えた。

 彼らはアサルトライフルを構えている。対デッドマン用の装備ということであるが、殺傷能力は十分すぎるぐらいの装備だった。


「クリア!」

「デッドマンを収容しろ」


 PSSの隊員たちは頭が吹き飛んだデッドマンを後からやってきたトラックの荷台に積み込んでいく。


 それはネットで流れている動画だった。

 藤巻はその動画を眺めながら、本当にこれが日本で起きていることなのだろうかと考えていた。

 目を覚まして以来、藤巻はまだ病院から一歩も外には出てはいない。

 毎日病院の中で過ごし、リハビリとインターネットによる情報収集に励んでいる。

 退院の目処は立ってはいなかった。いつまで、こうして病院の中ですごせばいいのだろうかと思う。

 面会謝絶。藤巻の病室には、そう書かれている。看護師もやって来ることはない。看護はすべて看護用のロボットが行い、リハビリもリハビリ用のロボットと一緒に行う。

 画面越しでしか人に会うことはない。何が現実なのか、時おりわからなくなる時がある。

 本当は自分はまだ目が覚めておらず、これは夢の中なのではないかなどと考えることもあったりする。

 しかし、注射の針を刺されれば痛みを感じるし、リハビリでの筋肉の痛みなどもしっかりとある。

 自分は一体何者なのだろうか。

 動画が終了したタブレットの黒い画面に映る自分の姿を見つめながら、藤巻は考えていた。

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