第6話 Survivor(2)
街が燃えていた。
火元は大手ドラッグストアのチェーン店だった。
反ワクチン思想者たちによるデモ行進が行われていたのだが、そのデモの際に一部の参加者が暴徒化し、火炎瓶をドラッグストアに投げ込んだのだ。
この大手ドラッグストアは、デッドマン・ウイルス・ワクチンに関する商品などを取り扱っているというわけではなかった。ただ、デッドマン・ウイルス・ワクチンの製造をおこなっている製薬会社『ペンタグラム』のワクチン接種を推奨するポスターを貼っていただけだった。
反ワクチン思想者による過激な行動は、どんどんエスカレートして行っていた。先日も、渋谷でデモを行っている際に、ワクチンを乗せたペンタグラム社のトラックを発見した反ワクチン思想者たちがトラックを取り囲み、最終的には横転させるという事件を起こしてニュースになったばかりだ。
こういった過激な行動に出る人間たちを取り締まるべく、警察も反ワクチンデモなどには機動隊を投入して暴れさせないように警戒をしているのだが、暴徒化は突発的に発生するため、防げていないというが現状であった。
デッドマン・ウイルス・ワクチンの製造で世界トップの製薬メーカーに躍り出たペンタグラム社は、日本の製薬会社だった。元々はインフルエンザウイルスのワクチンなどを手掛けていた老舗の製薬会社だったのだが、その製薬会社をデッドマン・ウイルス・ワクチンで巨額の富を手に入れた明智欣也が買収したのだ。
明智は買収して手に入れた製薬会社の名前をペンタグラムと変更し、デッドマン・ウイルス・ワクチンを製造するための施設を拡大していった。
デッドマン・ウイルス・ワクチンの製造に世界で初めて成功したのは明智欣也であり、その製造特許に関しては明智が持っている。ワクチンに関しては現在、世界中の製薬会社が製造を行っているが、そのワクチンの特許権を持っているのが明智欣也であり、明智のもとにはワクチンが製造されるごとに特許料が入ってきていた。
明智はデッドマン・ウイルス・ワクチンによって手にした巨額の富を製薬会社の買収だけに留まらず、様々な業界の企業の買収に当てていた。
最近では、明智が秘密裏にアメリカの大手民間軍事会社を買収しようとしているという話が週刊誌に書かれていた。これについては過激な行動を取る反ワクチン団体などから、ペンタグラムを守るためだと明智は声明を出しているが、明智の本当の目的などは誰も知る由もなかった。
ペンタグラム・セキュリティ・サービス――通称、PSS。ペンタグラム社の警備を担当するのが主な仕事であるが、対デッドマン用の特殊な訓練を受けている警備員たちで構成されている警備会社である。前身は明智が買収したアメリカの民間軍事会社であり、日本では民間で初の対デッドマン警備会社として認められた会社でもある。
PSSはデッドマンに対する通報を受けた際に日本各地にある拠点から出動を行い、デッドマンの捕獲や制圧を行い、対デッドマンであれば銃火器の使用を認められていた。
きょうもPSSの装甲車が緊急車両のサイレンを鳴らしながら赤信号の交差点を走り抜けた。PSSの車両は緊急車両として政府に認められているため、サイレンを鳴らせば信号が赤であっても通過することなどが許されている。
装甲車はアメリカから取り寄せたものであり、対戦車砲を打ち込まれても耐えられるというものだった。対デッドマン用のPSSになぜそのような装備の車が必要なのか。それは誰もが疑問に思っていることではあったが、誰も口にしようとはしなかった。政治家や官僚たちは、ペンタグラムによって札束で頬を叩かれているのだ。もはや、日本政府はペンタグラム社の傀儡政権といっても良かった。
とある病院で発生したデッドマン・クラスターの通報により、PSSは武装した警備員たちをその病院へと送り込んだ。
デッドマンは治療薬やワクチンで回復する。そう謳っているはずのペンタグラム社が、なぜ銃火器で武装した警備員を送り込むのか。目的はデッドマンの制圧ということだったが、PSSの警備員たちは容赦なくデッドマンたちの頭をライフル銃で吹き飛ばし、回復の望みなど微塵も見せることはなかった。
こういったPSSの行いは動画投稿サイトやSNSで拡散されていたが、マスコミは一切PSSの映像を流さず、PSS側が用意した映像だけをニュースで流した。
PSSの隊員たちが病院に到着すると、警察はすぐに周辺の道路を閉鎖した。
装甲車から降りてくるのは、武装したPSS隊員であり、その姿はこれからここが戦場にでもなるのではないかと思わせるような装備で固められている。アサルトライフルに顔全体を覆うフルフェイス型のマスク。もし、デッドマンに噛まれても大丈夫なように服はすべて耐刃加工がされている。
クラスター制圧のために集結したのは全部で10名のPSS隊員であった。
隊員たちは、隊長の指示に従いフォーメーションを組みながら病院の中へと入っていく。
院内ではすでに非感染者たちの退避は完了していた。もし、まだ残っている非感染者がいたとしても、PSS隊員たちは容赦なく蜂の巣にしてしまうだろう。動くものがあれば撃て。それがPSSの教えだった。
PSSが病院に突入して30分。誰ひとり欠けることなく、彼らはデッドマン・クラスターの発生した院内を制圧して戻ってきた。
オレンジ色の寝袋のようなものに入れられたデッドマンたちは、PSSの特別護送車に乗せられてペンタグラムの研究所へ運ばれていく。その袋の中に入れられたデッドマンたちがどのような状態なのか、きちんと治療すれば蘇生できるかといったことは誰も知らない。その袋は研究所に入るまで決して開けられることはないし、誰も開けようとも思わないのだ。
その日もまた、PSSの緊急車両はサイレンを鳴らして赤信号を通過していった。
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