第2話 Resumption of The END
ワクチンの接種を受けるのは、これで5回目のことだった。
年に1回のワクチン接種は、国民の義務となっており、無料で接種できるようになっている。子どもであれば、学校や幼稚園、保育園に医師が訪問して接種し、大人は会社や各地方自治体が設置した会場で接種することになっていた。
磯山修吾は、3日前に郵送で届いたワクチンチケットを片手に、自宅から一番近いワクチン接種会場となっているショッピングモールへと向かっていた。
ワクチン接種会場。白地に赤い文字で書かれた大きな看板が出ており、そこがワクチン接種会場であるということは誰の目にも明確となっている。そこには、大勢の人が並び、順番でワクチン接種を待っていた。
乗っていた自転車を駐輪場に停めた修吾は、その列の最後尾に並び、その暇な時間を潰すためにスマートフォンを取り出した。
本当はいまハマっているパズルゲームをやるつもりでスマホを取り出したのだが、やたらとSNSの通知がきていることに気づき、ゲームではなくSNSのアプリを起動させて通知の内容を確認することにした。
『ニュース速報:接種会場で暴動か』
『【地獄の再来】接種会場にデッドマンあらわる』
『【ヤバい】終末のデッドマン【逃げて】』
複数の通知。フォローしているニュースサイトのものや情報サイトのものばかりだった。
「なにこれ、どういうこと」
修吾は事態をよく飲み込めなかった。
SNSの記事のリンクをクリックして開こうとしたが、リンク先のサーバーがダウンしてしまっているようで『アクセス不可』と書かれたページが表示されるだけだった。
仕方なく別のニュースサイトを見ようとするが、こちらも同じようにページが表示されない。一体、どういうことだろうか。
SNSの便利なところは、こういう時に個人の書き込みが見ることが出来るという点だ。情報の真偽は別として、様々な有益な情報を探し出すことが出来る。
『杉並の会場でデッドマン感染者。会場パニック』
そんな書き込みが目に留まる。
『やばい、さっきデッドマンに噛まれたんだけど、ワクチン打っているから大丈夫だよね』
『港区の会場にいるんだけど、会場内に閉じ込められた』
『千葉の商業施設が燃えてる。あそこは確かワクチン接種会場だったはず』
『やべーよ、デッドマン出た』
次々と表示される数々の情報。修吾はその情報の渦に飲み込まれそうになりながらも、必死に情報を追い求めた。
「ちょっとお兄さん、前進んでよ」
突然、背後から声を掛けられた。
スマートフォンから顔をあげると、前に並んでいたはずの人の背中が遠くなっていた。
「すいません」
修吾は後ろに並んでいたおばさんに頭を下げて、前へと進む。
この会場ではまだ何も起きていないようだが、他の会場では明らかに何かが発生している。情報を見る限りでは、デッドマンウイルスに感染した患者たちが再び暴れているように思えてならなかった。ワクチンを1年に1回接種すれば、デッドマンウイルスに感染することはない。それはテレビで専門家が言っていたし、総理大臣も演説で伝えていたはずだ。SNSの情報は間違いなのだろうか。
そんなことを修吾が考えていると、どこからともなく悲鳴に似た叫び声が聞こえてきた。
再び修吾がスマートフォンから顔をあげると、ワクチン接種のための列が急に歪んだように見えた。
次の瞬間、一斉に人々が自分の方へと走ってきた。
何が何だかわからなかった。
しかし、大勢の人が走ってきたので、自分も慌てて一緒に走り出す。ここで立ち止まっていても人の波に飲み込まれてしまうだけだ。
一斉に走り出した人たちは、ショッピングモールから我先にと逃げ出そうとする。
おそらく大半の人は、修吾と同じようにどうして逃げ出しているのかがわかっていないだろう。パニックというものは人から人へと簡単に伝染していく。
勢いよくショッピングモールから飛び出してきた人たちがいたため、辺り一帯は大混乱となった。中には通りに飛び出したため、走ってきた車に轢かれてしまった人もいる。
「ヤバいぞ、逃げろ」
「デッドマンだ。デッドマンが出たぞ」
そんな声が聞こえてくる。
あのSNSの書き込みは本当だったのだ。この会場でもデッドマンが出てしまったのだ。
修吾は人の波にもみくちゃにされながら、どこか人のいない場所に抜け出すことはできないかと考えていた。このまま人の波に押し流されたところで、どこへ行ってしまうかわかったものではない。それにこの状態では将棋倒しになったりする恐れがある。パニックはどんどんと伝播していき、ショッピングモールの外にいた人たちまでもを巻き込んでいるだろう。
大勢の人が逃げてくる中にぽっかりと空いているスペースがあることに修吾は気づいた。
なんだろう、あそこは。
そう思いながら、人の流れに逆らいながらそのスペースへと近づいていく。
以前、修吾は人から言われたことがある。
おまえの好奇心は命取りだ、と。
そんな言葉をいわれたことすら、修吾は忘れていた。
その男と目が合うまでは。
人がまったくいないスペースに出た。
そして、なぜこの場を皆が避けていたのか、修吾はそのスペースに出たことでわかった。
そこには男が立っていた。スーツ姿であり、おそらくサラリーマンなのだろう。髪はセンター分けで、髭が濃いのか口の周りにはうっすらと青ヒゲが伸びている。
その男と修吾はばっちりと目が合った。
次の瞬間、男は口を大きく開けて、修吾に襲い掛かってきた。
デッドマンだ。
誰もがこの場所を避けていた理由。それは、デッドマンがいたからだ。
デッドマンは視力が極端に落ちるという研究結果が発表されている。
そのため、デッドマンとはある一定の距離を取っていれば、相手から認識されることはないのだ。
だから、みんなはこの場所を避けて、デッドマンに認識されないようにしていた。
おまえの好奇心は命取りだ。
修吾はとっさに地面を蹴って、飛び上がっていた。
プロレスでいうところのドロップキックというやつだ。
修吾の蹴りは見事にデッドマンの胸板に当たり、デッドマンは後ろへと弾き飛ばされた。
「しゃーーーー!」
ガッツポーズを取る修吾。
蹴り飛ばされたデッドマンは、その背後にあった手すりを越えて、吹き抜けとなっている部分から下にある噴水広場まで真っ逆さまに落ちていった。
突然、上からデッドマンが落ちてきたことで一階にいた人たちがパニックに陥る。
ごめん。でも、こうするしかなかったんだよ。
修吾は心の中で言い訳をすると、ショッピングモールから脱出するために、再び人の波に飛び込んでいった。
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