第三部 終わりの終わり
第1話 End of The END
街はイルミネーションで
賑やかな音楽と発光ダイオードによる電飾。
多くのカップルや家族連れで賑わう大通り。
どの顔にも笑顔があった。
クリスマスイブだった。
「このような光景を再び見ることができるようになるとはな」
男は街の様子を遠目に見ながら、独り言をつぶやく。
いまから5年前、人類は滅亡の危機を迎えていた。
デッドマン・ウイルス。その流行り病は人類を凶暴化させ、感染者たちは非感染者に次々と襲い掛かった。別名、カニバリズム・ウイルス。感染者に噛みつかれた非感染者はウイルスに感染するのだが、その際に体の肉の一部を食いちぎられていた。そのため、感染者に噛みつかれてウイルスに感染しなかったとしても、出血多量で死亡するケースなどもあった。
当時の内閣総理大臣、三島慎一郎は国家非常事態宣言を発令し、不要不急の外出を禁止した。また海外からの渡航制限を設けたり、ウイルス感染者の隔離なども実施した。
しかし、感染者は増えていく一方となり、政府が機能しなくなるほどの危機を迎えた。
それは日本だけではなかった。アメリカ、ヨーロッパ、中国、ロシア、アフリカといった地域も同様であり、世界全体がデッドマン・ウイルスによって危機を迎えたのだった。
「レイモンド、こんなところにいたのか」
ガラス越しに街の様子を眺めていた男――人類歴史学研究者、レイモンド・チャップマン博士――が振り返ると、そこには黒髪で細面の東洋人が立っていた。
「あなたのおかげで人類は再びクリスマスを祝うことが出来るようになった」
レイモンドはにっこりと笑い、東洋人の男にいう。
「おいおい、やめてくれよ。別に私は人類を救ったわけではないさ。ただウイルスの進行を抑制することに成功しただけだ」
「それが人類を救ったというのさ、明智」
「まあ、レイモンドがそういうなら、そうかもしれないな」
笑いながら明智欣也はいった。
いまから5年前。元死刑囚であった明智欣也は、日本政府主導の対デッドマン・ウイルス研究プロジェクトのリーダーとして、デッドマン・ウイルス抑制ワクチンの精製を成し遂げた。
ワクチンは、デッドマン・ウイルスに感染しないだけではなく、すでに感染してしまっている人間に対しても効果を見せていた。
初期症状の状態であれば、ワクチン投与から一週間ほどでデッドマン状態から回復させることができることも判明している。
精製ワクチンはすぐさま製薬会社の工場で製造され、世界中へと広まっていった。
このワクチンの誕生により、世界はデッドマン・ウイルスから救われたのだ。
ワクチン接種は、世界同時進行で行われた。各国の製薬会社の工場はデッドマン・ウイルス・ワクチンの精製にフル稼働し、ワクチンの供給率を上げていった。
ワクチン接種がはじまった当初は、ワクチンが人類に悪い影響を及ぼすなどといったデマを信じた反ワクチン団体などによる抗議デモが行われたり、一部の人間が暴徒化したりするといったこともあった。
しかし、ワクチンの効果がデッドマン化した患者にも有効であり、後遺症なども一切ないということが証明されてからは、ワクチン接種に反対する人間の声も小さくなっていった。
現在では世界中でワクチンの接種が義務化されており、新生児などは生まれた時にワクチンを接種するようになっている。
そのおかげで、たった5年で世界は日常を取り戻すことが出来たのだ。
ワクチン研究の第一人者であった明智欣也にノーベル賞を送るという計画もあったようだが、明智がそれを固辞したという話もあり、その話が報道されると明智のことを英雄視する人間も増えていった。
「すぐそこのスーパーマーケットでワインを買ってきたんだ。飲むか?」
明智は手に持っていたワインボトルをテーブルの上に置くと、グラスを取るためにキッチンへと向かった。
テレビではCNNの放送が流れており、マディソン・スクエア・ガーデンでクリスマスのカウントダウンイベントを開催していると伝えていた。
「クリスマスか」
なにか意味があるように明智はつぶやき、ワイングラスを手に取った。
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