Mad Scientist(2)

 彼女の姿が見えなくなったことを心配する学生がいた。

 にきび面の彼は、どうやら彼女に惚れていたようだ。


 私は彼をこちら側に引き込むことにした。

 彼は優秀な研究者であり、実験には賛同してくれると思ったからだ。


 私は彼を地下研究室に案内し、彼女に会わせてあげた。

 彼は感激するだろうと思っていたのだが、なぜか激怒した。


「あんたは狂ってる。マッドサイエンティストだ」

 彼はそう言って私に殴りかかってきた。


 私は頬を殴られ、研究室の床に這いつくばった。

 彼ならわかってくれると思っていたのだが、計算違いだったようだ。

 

 だから、私は彼女に彼を与えることにした。

 私は彼に許しを乞い、彼の言葉に従う振りをした。


 そして、彼に彼女の拘束を解かせた。


「もう大丈夫だよ」

 彼はそんな風に彼女に声をかけていた。


 猿ぐつわを外し、彼は彼女に顔を近づける。

 彼女の拘束を解いたのは彼自身だった。


 私は安全なところで、ただそれを見ていただけだ。

 

 腕の拘束を解かれた彼女は、彼に抱きつくかのように腕を伸ばした。

「もう大丈夫だよ」

 彼は同じセリフを繰り返して口にした。


 彼が顔を近づけた瞬間、彼女の表情は一変した。


 血走った眼を見開き、大きく口を開ける。気のせいか、犬歯が異様にとがっているようにも見えた。


 彼は彼女に顔の一部を噛みちぎられ、見事に感染者となった。


 顔を嚙みちぎられた彼は悲鳴をあげながら倒れ、床でのたうち回っていた。

 それも数十秒で終わり、身体が痙攣をはじめる。


 私はその隙に、彼の体に拘束具を装着し、彼女に猿ぐつわを再び装着させる。

 もう手慣れたものだった。


 こうして、私は二体目の実験体を手に入れた。


 彼は顔の一部が欠損してしまったことから、フェイスマンと呼ぶことにした。

 もう人間だった時の名前など意味はない。


 感染者同士は感染マウス同様にお互いに無関心だった。

 感染前の彼はあんなに彼女のことを思っていたはずなのに、いまはお互いが見えていないかのように無関心だ。


 彼らからは、様々なデータを取ることが出来た。

 私の好奇心は留まることを知らなかった。

 様々な疑問を彼らを使って解いていく。

 それが快感でもあった。


 家には、ほとんど帰ることが無くなっていた。

 家にいるよりも、彼らと一緒に過ごしている時間の方が100倍楽しかった。


 彼らは生殖行為は行わないのだろうか。

 ふと、そんなことに興味を覚えた。


 私は慎重に拘束具を彼らから外し、服を脱がせて全裸にした。

 彼らの身体は顔同様に青白く、紫色っぽい血管が透けて見えていた。

 健常者である私から見ると、それはエロティシズムのかけらもなく、おぞましいものとしか見えなかった。


 全裸になったふたりを同じケージの中に入れてみたが、二人とも無反応であった。お互いに目を合わせるようなことすらもせず、ケージの中をウロウロと歩くだけだった。

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