Intermission

Mad Scientist(1)

 あれは事故だった。


 学生のひとりが実験マウスに手を差し出したところ、噛みつかれたのだ。

 感染マウスは、人には噛みつかないはずだった。


 あとでわかったことだが、彼女はその前に別の実験で他のマウスを触っていた。

 もしかしたら匂いが彼女の手に残っていたのかもしれない。


 やつらは視覚が著しく弱体化する代わりに、嗅覚が異常に発達する。


 幸い、研究室には私と彼女しかいなかった。


 噛みつかれた際に、指か腕を切り落としてウイルスが全身にまわるのを防ぐということも考えたが、私はそのまま彼女を見守った。

 彼女は崩れ落ちるように実験室の床に倒れた。


 マウスに噛みつかれてから3分が経過していた。

 マウス同士の実験では、噛みつかれてから1分だったが、マウスから人間の場合は3分掛かるようだ。個体の大きさのせいだろうか。


 倒れた彼女に猿ぐつわを噛ませた。

 これなら、噛みつかれる心配はない。

 すでに意識は無くなっているようだが、まだ呼吸はあった。


 彼女のことを担ぎ上げて、ベッドに寝かせると、手足に拘束具を装着した。

 さまざまな計測装置を彼女の体に装着し、データの計測をはじめる。


 噛みつかれてから5分で、彼女の心肺は完全に停止した。

 こちらもマウスと比べると2分ほど遅い。やはり、ウイルスが体にまわるのに時間がかかっているのかもしれない。


 心肺停止後、2分で彼女の体が動き出した。

 どうやら体にウイルスが行き渡ったようだ。


 すべての記録は、実験室に設置されているカメラで映像に残してある。


 彼女の顔からは血の気が失せ、青ざめたような色になっていた。

 顔には表情がなく、穏やかなように見える。


 力は非常に弱かった。

 この筋力低下は、マウスでも見られた現象だった。


 私が近づき、彼女の前に手を顔の前に差し出すと、その穏やかな表情は一変し、目を見開き、いまにも噛みつかんばかりの凶暴なものとなった。

 そして、一時的ではあるが筋力の数値が通常の3倍にあがっていた。


 熊であっても拘束することが出来るという売り文句の拘束具がミチミチと軋む音をあげる。


 私は慌てて彼女から離れる。


 すると彼女の表情は穏やかなものに戻っていった。

 感染者はある特定範囲に入った場合のみ、攻撃的になるようだ。


 この研究室には、教授職にだけ伝えられている地下室が存在する。

 元々は戦時中の防空壕として作られたものだった。


 私は彼女をその防空壕に運び込み、このまま研究対象とすることにした。

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