南米の男



🔴南米のある国の話です。


デルトロという男が、留置場にいました。


言うまでもなく、犯罪をおかしたからです。


町の酒場でのケンカ。


きっかけは、ベロベロに酔った客が、デルトロの女にちょっかいを出してきたこと。


それに腹を立てたデルトロが、つい殴ってしまったのです。


すると客が銃を抜き、いきなり二発発射。


弾は外れたものの、危険を感じたデルトロはテキーラの瓶をその客の頭へ思いきり振り下ろしました。


客はバッタリ倒れ、動かなくなりました。


やがて噛みタバコをクチャクチャいわせた警官が到着。


警官は床に倒れている客を見下ろしながら、ただの酒場のケンカだし、酔って頭をぶつけたことにしてやるから金をよこせと、誘いかけてきました。


デルトロは家へ飛んでかえり、金をかき集めましたが、とても足りません。


1週間待ってくれるよう頼もうと戻ったところ、現場には州軍と警察署長が来ていて、即座に逮捕されました。


酔っぱらった客は、州知事の息子だったのです。


デルトロは知事の息子のケガが治りますようにと必死に祈りましたが、3日後に亡くなってしまいました。


留置場で、デルトロは絶望しました。


あれは正当防衛。


たとえ過剰防衛だったとしたも、過失致死ですむはず。


しかし、検事が適用したのは殺人罪。


さらに警官を買収しようとしたとして、収賄罪がつきました。


下された判決は、死刑でした。


執行は翌朝。


銃殺です。


夕方、面会に来たデルトロの母親は、ずっと泣いていました。


デルトロも金網に顔をすりつけて泣きました。


母親は出ていくとき、「神様が守ってくださる」と言って、デルトロの額の前で指を動かします。


キリスト教のシンボルである、十字を切ってくれたのでした。


夜、ゴキブリのはう天井をながめて、デルトロは女のことを思いました。


女は面会に来るどころか、まったく姿を見せません。


裁判を見にきた様子もありませんでした。


そもそもデルトロにはもったいない女。


良家の娘で、学校も違っていました。


でも、彼女がよくお茶していた店の近くが、デルトロと仲間のたまり場だったのです。


ある日、下校する途中の彼女を引きとめ、デルトロは思いをうちあけました。


少し強引だったかもしれません。


良家の娘は、デルトロの女になりました。


しかしデルトロは心のどこかで、ずっとひけめを感じていました。


父親のいない家庭。


貧乏な暮らし。


頭の悪さ。


女と話しているとき、自分の教育のなさをしょっちゅう思い知らされます。


酒場でちょっかいを出されたとき、デルトロがあれほど怒り狂ったのは、ほかの男にとられるんじゃないかと常にビクビクしていたせいでしょう。


今、それがはっきりとわかりました。


最初から、ありえない付き合いだったのだ。


そんなふうに考えましたが、頭の混乱はおさまりません。


処刑は明日。


というより、あと数時間後。


鉄格子のはまった窓の外が、白くなり始めましたから。


結局、一睡もできませんでした。


隈のついた顔で、窓の外を見ていると、背後に気配を感じました。


カソリックの神父です。


数時間後にあの世へいく死刑囚に、最期の祝福を与える教誨師。


デルトロは覚悟を決め、告解を申し出ます。


「懺悔させてくれ。オレは罪をたくさん犯してしまったから」


でも神父は鉄格子の間から彼を見つめたまま、微動だにしません。


「あんた、神父様だろ? あと何時間か後に、オレは死ぬ。祝福を与えてくれ」


しかし、神父は首を振ります。おもむろにこう言いました。


「何か言いたいことがあるなら、3分だけ聞いてやろう。それ以上は絶対にダメだ」


「あんた、本当に神父か!?」


デルトロはわめきましたが、受け入れるほかありません。


これが知事の息子を殺した者の扱いなのだと、あらためて思い知らされます。


神父は小さなヤスリで自分の爪をみがきながらデルトロの懺悔を聞き、きっかり3分後に出ていきました。


入れかわりで、兵士3名が入ってきます。


後ろ手にしばられて、デルトロは引っ立てられました。


処刑場は歩いてほんの5分の距離にある、ジャングルの入口でした。


処刑を見物しようと、町中の人が集まっています。


デルトロはその中に、女を見つけました。


昨日まで隣にいた女。


体を抱きしめ、唇に口づけ、耳に愛の言葉をささやいた女。


その女の目の中に、デルトロが発見したもの。


それは悲しみでも、哀れみでもなく、遠くに見える地平線のように動かない、静かな怒りでした。


デルトロはロープを握っていた兵士に体当たりし、後ろ手にしばられたまま駆け出します。


すぐに残り2名の兵士の銃が火を噴きました。


デルトロはバッタリ倒れ、二度と動きませんでした。


町の人は、恋人が目の前で処刑されたのに涙ひとつ見せない女を見て、やはり身分の違う者同士の付き合いなんて、こんなものだ、ひょっとして男に弱みでも握られていたんじゃないかと噂しました。


しかし翌朝、道路にできた血の海に沈んでいる女を見て、人々はショックを受けます。


女はマンション6階から飛び降りたのでした。


町の人は黙り、首をひねり、あれこれ意見を述べ合います。


やがてそれもなくなりました。








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