京人形






🔴知り合いのAさんから聞いた話です。


会社からの帰り、Aさんが夜道を歩いているときに、あるものを見つけました。


道路脇におかれていたのは、底30×30センチ、高さ60センチほどのガラスケース。


中には、京人形が収められていました。


長い髪をたらした、女の子の人形。


「落ちている」というより、「捨てられている」といった方が正確かもしれません。


なぜなら、こんな張り紙がしてありましたから。


『さしあげますので、御自由にどうぞ』


当時、Aさんはある副業に取り組んでいました。


とあるアプリで、自分の持ち物を売るのです。


多くの人は断捨離や、引っ越しの際に出た不用品を売るのですが、Aさんはいわば「職業」として本格的に取り組んでいました。


つまり自分の不用品を売るだけでなく、古道具屋やリサイクルショップで、高く売れそうな物を見つけては「仕入れ」、そのアプリ上で売るのです。


最初は大赤字。


仕入れ値に30%の利益をつけてアップしたのですが、1週間たち、2週間たち、1ヶ月たっても売れません。


仕入れ値から40%近く値段を下げて、やっと買い手がついたものもありました。


でも一生懸命とりくんだおかげでしょう、半年ほどたつとコツがつかめてきて、月15万円ほどの利益が出るように。


Aさんは自信を深め、このままいけるところまでいって、月30万円、50万円、やがては100万円の利益を出そう。


人形を見つけたときは、そう意気ごんでいた時期でした。


道路脇におかれた京人形は、拾い物ですから元値は0円。


「仕入れ」ない方が、どうかしています。


Aさんの見るところ、キャプションや説明文をうまく書けば、1万5000円ほどで売れそうでした。


さっそく持ち帰り、ガラスケースから中身を取り出して、改めてチェック。


やはりどこも壊れていません。


長い髪もつややかで、まるで人毛みたいに、しっとりしています。


これはいい物を拾ったと、販売用の写真を四方八方から撮影。


うつりの良さげな写真をピックアップし、強気の2万3000円をつけて、すぐに出品しました。


ところが、その夜から異変が起こり始めます。


ラップ音というのでしょうか、夜中にピシッ、ピシッと妙な音がしたり、トイレの水が急に流れたり、外出から帰ったら、戸棚が全部開いていたり。


変だとは思いつつも、無意識的に気づかないふりをしていた、ある日。


Aさんの恋人がマンションへ遊びにきました。


恋人は部屋へ入るなり、顔をしかめます。


部屋の隅にあるガラスケースを見て、「これ、どうしたの?」とたずねてきました。


彼女は、自称「霊感の強い」女性。


Aさんから話を聞いたうえで、「すぐに処分した方がいい。イヤな感じがする」と強い口調で言いました。


とはいえ、せっかく拾ってきた「商品」。


値下げしたとしても、1万円では売れそうです。


「売れたら、おいしいものでも食べに行こうよ」


そんなことを言って、Aさんは相手にしませんでした。


しかし、だんだん恋人の体調がおかしくなり始めます。


顔色がさえなくなり、彼女が訴えるには、Aさんの部屋にいるときだけ手足が震える、と。


Aさんも彼女の体のことは心配でしたが、手足の震えと京人形になんの関係が?


確かに彼女はこの部屋にしょっちゅう来ているけれども、住んで暮らしている自分はなんともないし。


気のせいじゃない?


そんなことを言ってやりすごしているうちに、ついに恋人の堪忍袋の緒が切れました。


Aさんの目の前で、ガラスケースから京人形をとりだして、床にたたきつけます。


「捨ててって、何度言ったらわかるの! 本当にヤバい! わかるの、あたしには! こんなになったのだって、この人形のせいよ!」


そう叫んで、後頭部の髪をかきあげました。


つむじの下あたりの毛が、直径3センチの円状にきれいに抜けています。


円形脱毛症でした。


ギョッとしたAさん。


ですが床の京人形を拾い上げて、もっと驚きました。


髪がバサバサになった人形。


その頭にも一部、毛の抜けているところがありました。


恋人が円形脱毛症になった場所とまったく同じ箇所。


どちらも、まるでカリソリで剃ったみたいに、白い地肌がむき出し。


Aさんにも事の重大さが、やっと理解できました。


相談して、お寺へ納めることにします。


ガラスケースごとお寺へ運び、住職さんに見てもらいました。


50歳くらいの住職さんは、しばらく人形をじっと見ていたのですが、つとガラスケースを開けました。


人形をとり出して脇におき、ガラスケースの底をパカッとめくります。


二重になっていました。


下の部分には、折りたたまれた紙が。


住職さんは開いて一読し、2人へ見せます。


血のように赤い文字で、こう書かれていました。


『持ち主が底なし沼で溺れますように

灼熱の鉄で全身を焼かれますように

この苦しみがとり憑きますように』


本当に、人間の血で書かれていたのかもしれません。


住職さんの説明によると、こうでした。


この人形のもとの持ち主は、どういう状況かはわからないが、大きな苦しみをかかえていたのでしょう、その苦しみをこの人形を通じて、他人に移しかえようとしたのだと思います。


人型の物には、人間の念がこもりやすい。


ここへ持ってきてよかった、放置していたら大変な不幸に見舞われていたかもしれません。


こちらで供養しておきます。


そう言って、住職さんは紙と人形を、もとへ戻しました。


Aさんは何度もお礼を言って、お寺をあとに。恋人に心からの謝罪をしたのは、言うまでもありません。







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