無縁仏
🔴私の友人Aさんは、いわゆる霊感の強い女性。
あるとき高校のクラスメートと、京都旅行へ行ったそうです。
Aさん一行は、神社仏閣の好きなメンバーばかり。
かねてからの念願であった京都仏閣巡りですから、気合いも十分です。
二泊三日の間に、できるだけ多くのお寺や神社を回ろうと、分刻みのスケジュール。
タクシーを1日借りきって、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
ろくに食事もとらないまま、夕方になりました。
タクシーの運転手さんから、そろそろお寺の閉まる時刻だよ、なんて言われて、次のお寺がその日の最後ということに。
そのお寺はガイドブックに小さく載っていただけの、あまり聞いたことのないお寺でした。
夕焼けでオレンジ色に染まった参道が見えます。
タクシーを降り、運転手さんへお礼を言って、お寺の門をくぐりました。
特筆すべきものは、なにもありません。
門があり、香炉があり、本堂があり。
なんの変哲もないお寺。
だからこそ有名ではないのでしょう。
でも、お参りがすみ、さあ帰ろうか、となったとき。
Aさんは背中にゾクッとするものを感じました。
すぐにわかりました。
なにか霊的なものが漂っているのです。
こういうとき、Aさんは恐怖よりも好奇心がまさってしまう性分。
よせばいいのに、霊的な気配のする方へついつい進んでしまいます。
仕方なくあとへ続く友人たち。
歩いて行った先には、荒れはてた一角がありました。
小さいですが、確かに墓地です。
コケむし、文字は薄れ、欠けたり、ヒビ割れたりしている墓石が、数十基ほど、身を寄せあうように密集しています。
それにしても、あまりといえばあまりの荒廃具合。
お寺がきちんと管理していれば、こんな姿になるはずがありません。
なにか見てはいけないものを見てしまった気がして、黙りこむ一行。
「どうされました?」
ふいに声をかけられました。
振り返ると、背後にいたのはお坊さん。
まだ20代後半でしょうか、若い人でした。
なんとなくホッとしたAさん。
旅行先でテンションが上がっていたからかもしれません、思わず言ってしまいました。
「こちらのお墓、長いことほったらかしにされてるみたいですね? あまりにひどいので、びっくりしちゃって」
するとお坊さんは、こう答えました。
「ここのお墓は無縁仏ばかりでして。京都中から集まっているというのは、さすがに言いすぎですが」
無縁仏というのは、後継ぎがいなかったり、子供がいなかったり、あるいは、いたとしてもどこか遠くへ引っ越してしまったりで、世話をする人のいなくなったお墓のこと。
つまり、管理代が支払われていませんから、お寺としても放っておくしかないのです。
それでもこのお寺では、せめてもの供養として、年に一度、お墓の前で丸一日かけてお経を唱えているそう。
そんな世間話のついでに、「ここの無縁仏さんとは直接の関係はないのですが、先代の住職が山陰のお寺でお勤めをされていたときの檀家さんの話でして」と断ったうえで、お坊さんはこんな話をし始めました。
大東亜戦争時のこと。
結婚を誓い合った男女がいました。
ですが戦時中ですから、男は兵隊にとられることに。
その地区から出立する兵隊は、激戦区の南方へ行くとの噂。
しかし若さゆえか、男は「必ず生きて帰ってくる、そしたら結婚しよう」と約束し、船へ乗りこみました。
女も若かったからか、その言葉を真にうけて、待ち続けます。
やがて、戦争が終わりました。
南方へ行った兵隊のほとんどは戻ってきませんでした。
しかし女は、少ないながらも生きて帰ってきた兵隊の中に、許嫁の姿を探します。
来る日も来る日も、港に着く船から降りてくる列の中を探しますが、見つかりません。
両親や周りの人の説得もあったのでしょう、数年後、女は別の人のところへお嫁に行くことになりました。
相手の男は、大きい金物屋の跡取り息子。
盛大な式でした。
ただ、女は式に女学校時代の友人を1人も呼びませんでした。
旧友の顔を見てしまうと、あの許嫁のことを思い出してしまうと考えたのかもしれません。
以後も、昔の付き合いは切ったまま。
とはいえ、家庭生活は順調でした。
夫の仕事はまずまずで、子宝に恵まれます。
実際、昔の許嫁のことなど、ほとんど忘れかけていました。
そんなときです。
夢にあの男が現れました。
熱帯のジャングルで、泥と汗にまみれて、日本兵の死体から何かを盗もうとしていました。
男だって日本兵です。
にもかかわらず、同僚の持ち物をあさっているのです。
生きるか死ぬか、よほどの極限状態だったのかもしれません。
目を覚ました女は、ふと男の行方を探してみようという気を起こします。
勇気を出して古い友人に問い合わせてみました。
すぐに判明しました。
なんと、生きて日本に帰っていました。
地元を離れ、北国で運送会社を興したそう。
しかもすでに結婚し、その県でも有数の資産家になっているとの話でした。
この事実を知った女の心に、何がよぎったのでしょうか。
かつての許嫁が生きていることに安心したのか、それともなぜ連絡をよこさないのか疑問に思ったのか……
いずれにしろ、もう二度と古い友人と会うことはなかったそうです。
お坊さんからそんな話を聞かされたAさんたち。
なんだか後味悪くホテルに帰ったのでした。
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