ステージママ




🔴ステージママ。


どちらかと言うと、あまりいい響きではない。


自分の子供を金もうけの道具にして、しかもそれに夢中になっている母親のイメージ。


ある女の子(Aさんとしよう)が、子役として成功した。


当たったテレビドラマは、人情味あふれる商店街で、スナックをいとなむシングルマザーの物語。


主役の一人娘役がAさん。


そのけなげでリアルな演技に、大勢の視聴者が涙した。


あとはもう、連ドラは当然として、映画やCMにひっぱりだこ。


Aさんの母親の口座には、数百万、数千万円単位の振り込みが連続した。


母親に言われるがまま、Aさんはセリフを覚え、カメラの前に立ち、表情を作って、特に疑問に思うことはなかった。


あっちへ行ったりこっちへ行ったり、目が回るほど忙しかったが、そのうち満員電車ではなく、タクシーで移動できるようになったし、なにより前に比べて母親がよく笑うようになった。


ほとんど学校へ行けていないのが気になっていたものの、友達が1人もいないので、行っても仕方ないと自分に言い聞かせた。


もちろん、ずっと順調だったわけではない。


浮き沈みの激しい芸能界。


まばゆいばかりのスターが、写真1枚、「ファン」のタレコミひとつで、ただの一般人になり下がる。


いや、一般人以下だ。


なぜなら、ただの一般人なら、人から放ってもらえる。


でも転がり落ちた元スターなら、みんなに指をさされるのだから。


幸いなことに、手痛いスキャンダルも彼女を害することはできなかった。


男遊びを写真に撮られた。


CMはすべて降板。


だが数ヶ月後、たまたま母親と「仲の良かった」脚本家が、Aさんのために本を書いてくれた。


あてがきされた役は、「未成年の風俗嬢」。


テレビ放映された2時間ドラマは好評を得て、Aさんは奈落の底へ落ちずにすんだ。


代償として、食器洗い洗剤やカレールーのCMは二度とできなくなってしまったが。


母親は娘の危機を救ったことで、さらに干渉の度合いを強めた。


成長して自分の思い通りにならなくなったのを、なかばあきらめの気持ちとともに受け入れようとしていた矢先だっただけに、余計に火がついたらしかった。


「全部、あんたのためなのよ」


再びこの口グセを聞く機会が増えた。


どんな役を引き受けるか、どんな番組に出るか、どんな男と付き合うか。


すべてに口出ししてきた。


当然の結果として、衝突のときが来る。


Aさんは母親と一緒に住んでいた家賃月200万円のマンションを飛び出し、男のもとへ走った。


男は売れない役者で、10代の頃からの知り合い。


才能がないのはわかっていたが、犬みたいな垂れ目で、ひょろっとした体をしていた。


2ヶ月後、母子のトラブルをかぎつけたマスコミが、Aさんと男の2ショット写真を掲載する。


しかし、このときも幸運はAさんを見捨てなかった。


さまざまな要因、たとえば子供の頃から働きづめだったこと、ずっと「毒親」にコントロールされてきたこと、同棲相手が売れっ子男性アイドルではなく、さえない役者だったこと。


そんな要素がからまりあって、世間はAさんに同情した。


母親は黙るほかない。


あれほど連続していた着信も、いつしか止まった。


愛する男とひとつ屋根の下。


たまに「あばずれ」役を演じ、たまに外へ飲みに行き、たまに家のことをする。


肩の荷がおりた気がした。


男とはまもなく別れたが、すぐに別の男ができた。


それから10年。


母親に会いに行った。


母親のもとを離れてからは、お金はすべてAさんへ入る形になっている。


でも、これまでの貯金があるはずだったし、Aさん名義の不動産からの収入を残しておいた。


だから、不自由はしていないはず。


母親はだいぶ老けてはいたが、元気そうだった。


再会するなり、世間のことや近所の住人のこと、昨日食べたものを口汚くののしった。


だが、金の無心はされなかったし、娘に指図することもなかった。


Aさんは母親が好きでよく食べていた、上野駅近くの喫茶店のあんみつを冷蔵庫にそっと忍ばせ、マンションを出た。


やっと、やっと平安がおとずれた。はじめてそう思えた。


仕事も順調だった。


演技派の評価を決定づける作品にもめぐまれ、アカデミー賞助演女優賞もとった。


あこがれの女優はAさんだと、インタビューで答えるタレントも出てきた。


久しぶりに長く続きそうな男との出会いも。


「落ち着いた」イメージを嫌って、法的な夫婦になるつもりはなかった。


でも、子供を産むなら今が最後のチャンスかも、そう思っていた矢先。


事務所スタッフから電話がかかってくる。


聞けば、母親が病院につれていかれたという。


あわててかけつけたAさん。


病室のドアを開けるなり飛び込んできた光景を、彼女は一生忘れないに違いない。


口紅を塗りたくり、髪を振り乱し、目をむき出して暴れる母親。


「私は女優! アカデミー賞女優なの!」


そう叫んでいたのだった。







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