🔴まだ呪術に力があると考えられていた時代。


京の都で、夜な夜な殺人事件が多発しました。


人の行き来がそれほどない朝まだきに発見された死体は、発見者が思わず目をそむけてしまうほどの恐怖の表情を浮かべていました。


髪の毛は逆立ち、目をむき、手足は不自然な具合にねじ曲がっている。


なにより奇妙だったのは、体のどこを探しても外傷がなかったこと。


切り傷も、殴られたあとも、アザすらなかったのです。


都の人々は死体の摩訶不思議な点をいぶかしみ、「きっと死ぬほど恐ろしいものを見たに違いない」とヒソヒソ噂しました。


正解でした。


亡くなった人たちが目にしたものは、「鵺(ぬえ)」と呼ばれる妖怪。


手足は虎、狸の胴、顔は猿という化物。


夜中に、そんな怪物が急に現れたら、確かにショック死しても仕方ないでしょう。


ただ都の人々にとって幸いなことに、ある呪術師が立ち上がりました。


今となっては、どんな由来を持つ、なんという名の人物かは不明なのですが、その呪術師のおかげで、都の人々は再び安らかな夜を取り戻すことができたのです。


でも、いったいぜんたい、どういう方法で?


呪術師が用いたのは、こんな方法でした。


まず、鵺の現れそうな場所に陣どります。


そして、夜中ずっと警戒。


もちろん、そう簡単には現れません。


ですが5日後、つい現れます。


呪術師はその猿に似た顔の額へ、一枚のお札をはりつけました。


それには、霊験あらたかな文言が書かれていたのです。


鵺は夜の都中に響きわたるほどの悲しげな泣き声をあげ、地面にバタリと倒れました。


断末魔の悲鳴を聞いて集まってきた都の人々は、その不吉な姿に目をおおったり、中には気絶したりする者もいたのですが、もう魔力はなくなっていたのでしょう、幸いにして死者は出ませんでした。


都の人々は名も知れぬ呪術師に感謝し、言われたとおり穴を掘って鵺を埋め、塚を建てました。


そのまま、封じこめておけばよかったのです。


しかし数百年たつと、塚を暴こうする者がときどき現れるようになりました。


ある者は無知ゆえに。


ある者は勇気を示すために。


ある者は権力者として、己の力を過信したために。


それぞれ、非業の死を遂げます。


某国権力者は、他国との戦に勝利し、自領へ戻る途中に塚の近くを通りかかりました。


枯れかけた大木のそばに建っている、腰ほどの高さの石碑。


それに目をとめ、由来を聞いた途端、笑い出しました。


すぐさま配下の者に、掘り返すよう命じたのです。


やがて、鍬や木枝で掘っていた配下の者たちの手が止まりました。


なにか見つかったかと、権力者は穴を見下ろします。


地面から6尺ほどの深さにあったもの。


土くれの間からのぞいていたのは、数時間前まで生きていたとした思えない、猿の顔でした。


赤い皮膚を別にすれば、人間によく似た顔面と、それを囲む銀色の毛。


額にはられた、霊験あらたかなお札も真っ白いまま。


数百年間、塚の下に封じこめられていたとは到底思えませんでした。


権力者は絶句し、配下の者たちは震え出します。


どんな闇の力か、鵺は腐りも崩れもせず、冷たい地面に埋まっていたのです。


と、額にはられたお札の下の目が、パチッと開きました。


鵺の目が、じっと権力者を見たのです。


再び埋めるよう命じるのがやっとでした。


その後の権力者の運命は、もう決まったも同然。


勝てるはずの戦に負け、一族郎党討ち死し、権力者本人は自らが住んでいた城の門前で生きさらしにされました。


慕われていたはずの領民たちにツバや小便をかけられ、2日後、すずしげなせせらぎの聞こえる河原で斬首されました。








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