悪魔崇拝




🔴私の古くからの友人に、Aさんという人がいます。


Aさんは大変優秀な男性で、私が必死に努力して合格した高校に、塾もかよわず、1日3時間の勉強で合格したのですから、たいしたものです。


その後、私とAさんはそろって東京の大学へ進学しました。


もちろん、彼は私の合格校よりも、偏差値がだいぶ上の大学。


いわゆる「名門校」と呼ばれる立派な学校です。


上京したのちは、生活圏が違うせいか、前ほど会うこともなくなりました。


やがて私はベンチャーと言われる企業へ就職します。


そこで理解ある上司にも恵まれ、キャリアらしきものを築き始めた頃でした。


突然と言えば突然ですが、AさんからLINEをもらいました。


『最近、なにしてる? 久しぶりに会おうよ』


あれほど優秀なAさんのことですから、どんな活躍をしているのだろうと私は興味が湧き、また同郷の仲間に会いたいという思いにも突き動かされ、すぐに『OK』と返しました。


Aさんは喫茶店を指定してきました。


2人とも社会人ですし、週末の夜20時ですから居酒屋かと思ったのですが。


何はともあれ、待ち合わせ場所に現れたAさんの様子は、一変していました。


ギョロっとした目や、長い手足は昔のままでしたが、頬はこけ、髪はボサボサ、着ているものも、毛玉だらけのセーターといった、およそみすぼらしい格好。


Aさんの実家はいくつかのガソリンスタンドを経営してかなり裕福だったので、高校のときからそれなりの服装をしていたはず……


私の驚いている顔がおもしろかったのでしょう、Aさんは明るい声で笑いました。


Aさんは私を喫茶店の奥の席へつれていき、さっそく話し出しました。


いわく、「あるグループに入ってるんだ。それまではストレスばかりの毎日だったけど、一気に解放された。精神衛生的もいい暮らしをしてる」


そう語るAさんの顔色はドス黒く、目はどこかぼんやりして、とても「精神衛生的にいい暮らし」をしているとは思えませんでした。


また働いておらず、親からの仕送りで生活しているとの話。


私は勇気を出して聞きました。


「そのグループって、どういう団体?」


すると待ってましたとばかりに、Aさんは解説してくれます。


『MMV』という名の、何かの悪魔を信仰する団体で、山羊の頭を切り落とし、そこに自分の体から出た血をかけると、魂が浄化されるとか、なんとか。


要するに、カルト。


「特別におまえも入れてやる。人生が明るくなるぞ」


Aさんは軽い口ぶりで誘ってきました。


もちろん、私は即座に断り、席を立ちました。


Aさんをヤバい団体から脱出させないといけないのでは、とも一瞬考えましたが、頭脳明晰なAさんを説得するなど、私にはできそうもありません。


あきらめるしかありませんでした。


ただ、しばらくしてあるニュースを読みました。


フランスで、『MMV』というカルト集団の指導者が殺人罪で逮捕された、というもの。


ウソか本当かわからないような怪しげなサイトの情報でしたので、ほとんどの人の目には触れていないと思います。


事件のあらましは、ごく単純。


儀式の最中に、メンバーの1人が数百カ所も体を切り刻まれ、出血多量で死んだ、というもの。


フランスはカルト(『セクト』というらしいです)に特に厳しい国らしく、すぐに司法が介入したそうで、団体はまもなく活動停止に追い込まれた、と書かれてありました。


『MMV』の日本での活動がどうなったかまでは載っていなかったものの、指導者がいなくなったわけですから、日本での活動も停止したはず。


そう考え、私はAさんと連絡をとろうとしました。


彼の社会復帰を手伝えないかと思ったのです。


しかし、LINEも電話もすでにつながらなくなっていました。


それから10年。


年末に高校の同窓会がありました。


実家に帰省していたタイミングでもあり、私は喜んで参加しました。


20人ぐらいの集まりです。


Aさんがいました。


以前のようなみすぼらしい格好ではなく、バリっとしたスーツ姿。


ネクタイをゆるめたAさんが、みんなと和気あいあいと話している様子に、私は心底ホッとしたものです。


同級生何人か話し、アルコールも入って、1時間ほど過ぎたでしょうか、宴たけなわといったときに、Aさんが私の隣に移動してきました。


同窓会ですし、カルトのことなんて、話すわけがありません。


高校のときの楽しかった思い出を語り合い、バカ話で爆笑し、肩を組んだりして、おおいに盛り上がりました。


その最中、ふとAさんの開いた胸元から見えたものがありました。


まだ治りきっていない大きな傷跡。


1つではありません。


見えた範囲だけでも、5、6本のミミズ腫れのようなピンク色の線。


それがAさんの胸元にザックリ走っていました。


顔面蒼白になった私に気づいたのでしょう、Aさんは「シーッ」というように唇へ人差し指を当て、ウィンクしてきました。


こんなもの、なんでもないといった調子で。


その冗談めかした雰囲気に、私は改めてカルトの恐ろしさを感じたのでした。









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