墓参り







🔴I県に住む横谷健一さんは高校生の頃、占い師に見てもらった経験があります。


学校の友達とボーリングをして、さあ帰ろうかとなったとき、道路脇に小さな机をおいて、座っている人がいました。


20代後半のスーツを着た男性。


背筋をしゃんと伸ばして、折りたたみ椅子に座っています。


占い師というよりは、易者と呼んだ方が正確かもしれません。


机の上に、「易」と書かれたちょうちんがおかれていましたから。


「あのことを占ってもらえよ」という友達の言葉に、イヤそうな顔をしながらも、健一さんはドキドキして男性の前に座りました。


「えーと、占ってほしいんですけど」


「なにを知りたいですか?」


易者は無表情で尋ねました。


健一さんには好きな女の子がいました。


入学式で一目惚れした同級生の子。


別のクラスでしたが、最近、やっと会話できる関係になったのです。


「恋愛がうまくいくか、占ってほしいです」


「あなたの生年月日と、お相手の生年月日を教えてください」


相手の誕生日は知っていたので教えました。


易者はボロボロのノートを開いたあと、「この相手とはダメですね。この次の相手とうまくいきます。出会うのは、再来年以降かな? 再来年の前半に、運気が上昇し始めますから」と言いました。


「『再来年』?」


期待外れの結果に健一さんががっかりしていると、易者はこんなことを言いました。


「あなたはおばあさんに守られています。左手に黒い布を巻いたおばあさんです。お墓を掃除すれば、いいことがありますよ。毎年のお墓参りは、絶対に欠かさないように。あの世でおばあさんが苦しみます」


そんなおばあさんに、心当たりなどまったくありませんでしたが、健一さんは家へ帰って、母親にたずねました。


すると母親はポンと手を打って、話してくれました。


「お父さん側のおばあさんだね。あんたにとっては、ひいおばあさん。昔、家族を助けようとして、火事になった家に飛びこんだらしいの。だけど、子供の1人を助けられなくてね。そのときの火傷痕を隠すために、いつも黒い布を巻いてたって聞いたことある」


それまでも毎年のお盆行事として、実家から車で2時間ほどの山中にあるお墓へは行っていました。


ただ、この年から健一さんは、率先してお墓の掃除も引き受けるように。


そのせいかどうか、学校の成績が徐々に上がり出します。


ただし恋愛も、易者の言ったとおりに。


一目惚れした女の子と仲良くなろうとがんばってみたのですが、なんの進展もないまま受験期に突入。


立ち消えになりました。


とはいえ、恋愛そっちのけで勉強したおかげで、東京の第一志望校へ合格。


健一さんはI県の実家を出て、上京することになりました。


大学生活は楽しかったようです。


入学早々、サークルで出会った1つ上の先輩とすぐに付き合い出しました。


恋愛だけでなく、バイト、競馬、ナイトクラブと、東京を満喫。


4年次には、人気企業トップ20に入る大手生命保険会社に就職することもできました。


見事な運気の上昇っぷりです。


その間、お墓参りへは欠かさず行くつもりでした。


しかし大学3年のとき、お盆とバイト14連勤が重なり、ほかにも事情があって、その年は結局行けず。


にもかかわらず就活がうまくいったので、以後はまったく行かなくなりました。


すると、健一さんの運命の歯車が狂い出します。


32歳のとき。


大手生命保険会社の資産運用担当者として、10数億円の損失を出してしまいます。


完全に健一さんのミス。


クビにこそならなかったものの、出世の道は絶たれました。


このままだとオレはダメになると、退社を決意。


けれども再就職は難航します。


どん底の健一さんを拾ったのが、違法スレスレの中規模ファンド。


最初は良かったのです。


運用成績も好調で、元暴力団員だというリーダーの男から、数千万円のボーナスをもらうことも。


しかし、ほどなくインサイダー取引の疑いをかけられ、警察に逮捕されてしまいました。


指示通りに動いただけでしたが、闇ファンドの一員として新聞にもネットにも健一さんの顔写真が載りました。


法廷で受けた判決は「執行猶予付き懲役3年と、罰金500万円」。


生きた心地もなく裁判所を出て、町をさまよいます。


表の世界ではもう働けません。


裏の世界はこりごり。


うつむいて歩く健一さんの脳裏に、ふとお墓参りのことが浮かびました。


もう10年以上、行ってないな。


実家へは帰れないけど、お墓参りだけ行こうか。


ひいおばあさんが助け……


健一さんが顔を上げたとき、背中に何かがぶつかってきました。


前のめりに倒れます。


腰が生温かいので手をやると、手のひらが真っ赤に染まっていました。


起き上がろうとしましたが、力が入りません。


走っていく足音だけが聞こえました。


刺したのは、健一さんのいた闇ファンドのせいで会社を倒産させられた男。


ニュースで健一さんの顔を知り、裁判所の外で待ち伏せていたそうです。


男はすぐに逮捕されました。


命に別状はなかったものの、健一さんは一生歩けない体になりました。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る