祭
🔴どのくらい昔に始まったのか、K村では14年ごとに、ある祭がおこなわれてきました。
村人が神輿をかついだり、夜店が出たりと楽しい催し物なのですが、最後に奇妙な儀式があるのです。
選ばれた若者2人が、山の中腹にある神社の裏手で水をくみ、ふもとの村まで運んで井戸へ流しこむ、というもの。
一見、普通の儀式に見えます。
しかし、決まり事がありました。
運ぶ際に「絶対に後ろを振り返ってはならない」のです。
「絶対」に。
どうしてこんな決まり事があるのでしょうか。
話が伝わっています。
昔、井戸へ流しこむのは、神社の裏でくんだ水ではなく、恐ろしいことに人間の血でした。
祭は14年に1度です。
前回の祭がすんでから、次の祭までの間の14年。
その期間に生まれた女の子の中から1番綺麗な子をいけにえに捧げ、その血を井戸へ流しこんだのです。
誰をいけにえにするのかは、神社にまつられた神様が選んだそうですが、選ばれた女の子やその家族が、非情な運命をどのように受け入れたのか。
泣き、叫び、怒り狂い、神を呪ったであろうことは想像に難くありません。
少女は目隠しされ、山の中腹にある神社よりさらに高い場所へつれていかれます。
崖がありました。
森の野生動物でさえ這いあがれない、切り立つ崖。
そこから飛び下りるよう言われるのです。
下には大きな一枚岩。
何十人もの少女が打ちつけられた違いない、真っ黒く平らな岩がありました。
中央にはくぼみ。
村人の誰かが押すのか、それとも自ら踏み出すのか、女の子は飛び下ります。
まがまがしい岩へ向かって、落ちるのです。
堅い表面に打ちつけられ、全身の肉を裂かれ、骨を砕かれた少女の体から、やがて穢れのない血がヒタヒタと染み出て、くぼみにたまります。
その血をすくって、村へ運んだのです。
本来は、神様の怒りを鎮めるためのお祭りだったそう。
しかしその残酷な側面は、時代の移り変わりとともにすたれ、血の代わりに、いつしか神社裏の泉が使われるようになりました。
一枚岩に染み込んだ血が、地中を伝い、泉にしみ出たと解釈したのかもしれません。
いずれにせよ、おかげでいけにえにされる女の子はいなくなり、めでたしめでたしとなるはずでした。
ところが泉の水を使うようになったその年から、不思議なことが起こり始めます。
水を入れた桶をふもとへ運んでいると、後ろから声が聞こえるのです。
すすり泣く少女の声。
運んでいる男たちの中に、前回の祭のときに妹をいけにえに差し出した男性がたまたままじっていました。
そしてすぐに、声の主が妹だとわかったのです。
14年前に崖から飛び下りた妹。
村1番の美貌で、誰にでも優しい、自慢の妹でした。
だからこそ選ばれたのでしょうか。
どんなひどい姿になっていてもいい。
もう一度、会いたい。
でも、あれから14年たっています。
崖から飛び下りた妹が、この山のどこかで生きていたなんて、ありえません。
振り返ったら、きっと死者の世界に引きずりこまれてしまう。
本能的にそう感じた男性は後ろを振り返らず、歩き続けました。
とめどなく涙が頬を伝います。
男性には妹の気持ちが痛いほどよくわかりました。
もし生きていれば、妹は27。
笑って、泣いて、生きて……人生を謳歌していたはず。
なのに村の風習の犠牲となって、すべてをあきらめなければならなかった。
でも祭が催されれば、また次の少女が選ばれ、自分と同じくいけにえにされる。
それだけが、この地獄の唯一の安らぎだったのに。
助けて、お兄ちゃん、助けて、と泣き叫ぶ妹の声が、きっと男性の耳には聞こえていたに違いありません。
男性は村へ戻り、皆にこう言ったそうです。
「昔のことはもうええ。あんなひどいことは二度とあっちゃいかん。うちの妹が最後じゃ」
そして、こう続けました。
水をくんで帰るとき、振り返ったらいかん。もし振り返ったら、何十体もの霊がつかみかかってくる。
新しい仲間を求めて。
だから絶対に振り返るなよ、と。
当時は、家族の誰かがいけにえとなった村人たちが、まだ多く生きていました。
そういう理由もあったのでしょう、「振り返るな」という言いつけが皆の心にストンと落ちたのです。
男性の言葉は、いつしか村の「決まり事」になりました。
しかし時の流れとともに、村の記憶も薄まります。
昭和初期、威勢のいい若者がその「決まり事」を破ったそうです。
Aくんとしましょう。
Aくんは勇気のあるところを見せたかったのか、桶を運んでいるときにそっと振り返ったそうです。
桶を運んでいたもう1人の若者は、Aくんが普段からいばりちらしていることを快く思っていませんでした。
だからAくんが「オレはやるぜ! ビビッてないってみんなに証明するんだ!」とブツブツ言っているのを、うるさく感じていました。
やりたきゃ勝手にやれ、なにも起こりゃしねえよ、と彼自身も思っていたかもしれません。
しかし、隣を歩いていたはずのAくんの気配がないことにふと気づいたとき、何か直感的な危険を感じて足を止めました。
その瞬間、耳のすぐそばで、こんなささやき声が聞こえたそうです。
「おまえも……振り返れよ……」
彼は心臓が止まりそうな恐怖に襲われ、全速力で山を駆け下りました。
行先であった村の井戸のある場所へ駆けこみ、祭の役員たちに事情を説明しました。
しかし彼らはため息をつくばかりで、Aくんを探しにいこうともしなかったといいます。
霊がつかみかかってくる、というのは本当なのでしょうか?
Aくんの行方はいまだにわからないままです。
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