六感




🔴地方の繊維会社に勤める鈴木悟さんには、子供の頃、「仁くん」という友達がいました。


クラスメートから、仁くんは仲間外れにされていました。


理由はわかっています。


仁くんは、しょっちゅうわけのわからない言葉を口走るのです。


「昔、あそこの井戸に人が落ちたんだって」


「そんなことしてると、八つ裂きにされちゃうぞ」


「あのおばあさん、もうすぐ死ぬな」


あるとき仁くんが、「どいて」と言いながら手を突き出しているので、不思議に思った悟さんが尋ねたことがあります。


「なにしてるの?」


「このおじさんがジャマするんだ」


しかし誰もいません。何もない空間へ向かって、手を突き出しているのです。


「おじさんなんて、どこにもいないよ」


悟さんが笑うと、仁くんは寂しそうな表情になりました。


そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ったのです。


「やっぱ、見えないのか」


こんなこともありました。


まもなく台風が来るという日の昼。


鉄塔の送電線が強風にあおられ、大なわとびの縄のようにはげしくゆれていました。


その様子を、悟さんと仁くんは離れた場所からおもしろがって眺めていたのですが、ふいに仁くんがつぶやきました。


「教えてあげようかな。でも、間に合わない」


「なんの話?」


「あそこの電線ね、もうすぐ切れる。下にいる親子が死ぬんだ」


次の日、ニュースが流れました。


強風で送電線が切れ、下にいた母親と3歳の息子に断線部が直撃した、と。


母子が感電死した責任を、大手電力会社へ問う声が上がり、大問題になりました。


なぜ親子が死ぬとわかったのか、悟さんは聞きました。


仁くんの答えは、にわかには信じがたいものでした。


いわく、あっちこっちに『顔色の悪いおじさん』が立っていて、死に関する『お知らせ』をもたらしてくれる。


また、もうすぐ死ぬ人の近くには、『顔色の悪いおじさん』が大勢集まっていて、死んだ途端、死体を引っ張り合いっこするのだ、と。


それらの光景が、仁くんにははっきり見えているみたいでした。


「悟くんの真後ろにも、おじさんが立ってる。ものすごい目でにらまれてるよ」


そんなことも言われました。


悟さんはギョッとしましたが、「いつもいるおじさんだから心配ない」とも言われて、ホッとするようなしないような、複雑な思いに駆られたものです。


とにかく、仲間外れの要因となった風変わりな言動をのぞけば、仁くんは至極まともな子供で、悟さんは小中学校を通じて、ずっと仲の良い友達でした。


別々の高校にかよい始めてからは、プライベートも含め、付き合いはまったくなくなりましたが。


それから10年ほどたった、ある日の深夜。


会社帰りの悟さんが、街灯のないあぜ道を自転車で走っていると、向こうから自転車のライトがやってきました。


周りは田んぼや畑ばかり。カエルの鳴き声だけが聞こえます。


すれ違う瞬間、「あっ!」と声をかけられました。


思わず相手の顔を見ます。


「おお、仁くんじゃん! すげー久しぶり」


「何年ぶりだろ? 悟くん、元気そうだねー」


「いやいや、仁くんこそ!」


本当に久しぶりの再会でした。


かつての楽しかった記憶がそうさせるのでしょう、すぐに昔の2人に戻ります。


かすかな月明かりの下、昔話に花が咲きました。


もちろん近況報告も。


仁くんは現在、宅建士になるべく勉強していること、実家を出てアパートで一人暮らしをしていること、今年10月に宅建士試験を受けること……


悟さんはふと、仁くんが目で誰かを追っているのに気づきました。


振り返ると、人影が近づいてきます。


「どうしたの? 知り合いか?」


「いや、2年前かな、この辺でバラバラ殺人が起きたじゃん。まだ未解決だけど。じつは、犯人は近くに住んでると思ってて……」


「おいおい、『顔色の悪いおじさん』の『お知らせ』だっけ? まだそんなこと言ってるのかよ。あの人が犯人だっていうのか?」


「いや、殺される側の人。きっと殺される。どうしよう? 警察へ言った方がいいかな」


2人の3mほど横を通りすぎようとする人へ、うんざりしつつ目を向けた悟さんは驚きました。


その人物は、悟さんがすでに印をつけていた男性だったのです。


年齢は40代前半くらい。


集落からポツンと離れた一軒家で1人暮らし。


夜、悟さんがその男性の家の横を通ると、窓を全開にしたまま寝ている姿が、塀の隙間から見えました。


いつからでしょうか、悟さんが「殺人」にとりつかれるようになったのは。


それは、死んだら『顔色の悪いおじさん』によってたかって八つ裂きにされる、と聞いた、あの日からかもしれません。


目の前で、モゴモゴ言って首をひねっている仁くんの顔が、やけに幼く見えました。


仁くんが余計なことをかぎつけないうちに。


『顔色の悪いおじさん』の『お知らせ』が届く前に。


「仁くん、頼みがあるんだ。じつはオレも宅建士に興味あって。今から仁くんちへ行ってもいいかな?」


2人は並んで自転車をこぎ始めました。


悟さんは、まだ捕まっていません。









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