【ホラー】3分で読める怪談
薫 サバータイス
連行
M市に住む主婦の磯村良子さんには6歳年上の兄、雄二さんがいました。
雄二さんは真面目な性格で、23歳のときに学生時代から付き合っていた女性と結婚。
当時まだ高校生だった良子さんは、白無垢姿のキレイなお嫁さんを見て、2人の明るい未来を想像したものです。
そして4年後、皆が待ち望んだとおりに、お嫁さんのお腹が大きくなり始めました。
しかし、危険な妊娠でした。
エコー検査で、子宮に10センチ強の腫瘍が発見されたのです。
腫瘍をとり除くために手術するのなら、子供はあきらめなくてはなりません。
手術せず出産するのであれば、腫瘍はどんどん大きくなって、いずれ母体を食いつくす。
顔面をコピー用紙よりも真っ白にした雄二さんとお嫁さんへ、医者はそう告げたのです。
雄二さんは子供をあきらめるつもりでした。
でも、お嫁さんの心は決まっていました。
「赤ちゃんを産んで、そのあと手術する。母子ともに助かる可能性が1%でもあるんだったら、それにかけるわ」
7ケ月後、無事、赤ちゃんが生まれました。
女の子でした。
人体の不思議か、胎盤の一部がやけに分厚く、調べてみると、子宮内で腫瘍から赤ちゃんを守っていたそうです。
栄養を赤ちゃんへ与え続けただけでなく、腫瘍にも与えざるをえなかったせいでしょう、お嫁さんの体はボロボロ。
数日後に、息をひきとりました。
生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、雄二さんは妻の葬式の喪主を務めました。
何もしゃべれません。
お葬式の最後、喪主の挨拶でマイクの前に立った雄二さんの口からは、嗚咽がもれるばかりでした。
「幸子」と名付けられた赤ちゃんを、同じM市に住む良子さんは、親身になって面倒を見ました。
父と娘だけの家庭を心配し、夕食を作りにいったり、幸子ちゃんの遊び相手になったり。
とはいえ、親子はうまくいっているようでした。
雄二さんは保育園への送り迎えはもちろん、小学校のPTA活動にも積極的に参加、幸子ちゃんが中学生になったときには、毎朝お弁当まで作っていました。
ただ当然といえば当然ですが、幸子ちゃんがさみしがる日もあったようです。
良子さんは雄二さんからこんな話を聞きました。
ときどき、幸子ちゃんが「お母さんのところへ行きたい!」と泣きながら訴えてくる。
男親だから、十分なケアができてないんじゃないか。
そんな不安を感じつつ、いつもこう言ってなだめているのだ、と。
「お星さまになったお母さんが悲しむから、そんなことを言っちゃダメだ。がんばってるさっちゃんの姿を見るのが、お母さんの1番の楽しみなんだよ」
生まれたときから母親のいない幸子ちゃんの気持ちを思うと、良子さんは涙が止まりませんでした。
姪っ子の将来の幸せを、いく度となく祈ったものです。
ところが一度ならず二度までも不幸が襲ってきました。
雄二さんが亡くなったのです。
死因は脳溢血でした。幸子ちゃんはまだ高校2年生。
連絡を受け、良子さんは救急病院へ駆けつけました。
地下安置所に横たえられた雄二さんの遺体。
もう冷たくなっていました。
そばで呆然と立ちつくす姪っ子を抱きしめ、2人で号泣しました。
脳溢血ですぐ意識を失ったから、苦しまなかったはずだと医者に言われましたが、遺体の顔はまるで何かを我慢しているのように口を食いしばっていました。
その夜からです、幸子ちゃんが奇妙な夢を見るようになったのは。
寝ていると、頭から血を流した雄二さんが夢の中に現れて、「おいで、おいで」と手招きするんだそうです。
それが2晩、続いたらしいのですが、幸子ちゃんからこの話を聞いた良子さんは、父親を亡くしたショックだろう、お葬式が終われば、変な夢も見なくなるに違いないと考えました。
お葬式の日。
お棺の中に、雄二さんが納められました。
最後だからお父さんの顔をよく見ておくようにと幸子ちゃんへ言って、良子さんは葬儀社スタッフとの打ち合わせへ行きました。
5分もなかったでしょう。
ほんの少し目を離した隙です。
お棺をおいた部屋から、金切り声が聞こえました。
良子さんが血相を変えて戻ると、幸子ちゃんが上半身をお棺につっこんで必死にもがいていました。
あわててかかえ起こした良子さんの目に、雄二さんの筋ばった手が幸子ちゃんの髪の毛をガッシリつかんでいるのがはっきり映ったのです。
気づくと、良子さんは隣の部屋で横になっていました。
あれは幻だったのでしょうか。
今でもわかりません。
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