誤解




🔴運河と風車の国として知られるオランダ。


「北のヴェネツィア」とも呼ばれる首都アムステルダムは1500もの橋と、運河沿いに建つ歴史的建造物の数々で観光客を楽しませています。


そんなアムステルダムで、数百年前、子供たちが行方不明になる事件が起こりました。


3ヶ月の間になんと5人。


夕方に家を出たきり、こつ然と姿を消したそうです。


当時は監視カメラなどありませんから、犯人の姿どころかその足どりも、いや、そもそも人間の仕業かどうかさえ定かではありません。


一連の事件の共通点といえば、


・行方不明になったのは5~9歳までの子供のみ


・全員、住居はケイザー運河の付近


これだけ。


この不可解な「誘拐」事件の話題がアムステルダムで持ちきりになった頃、ある家族が山間の村から引っ越してきました。


長男エリアンは、17歳にして野生の暴れ馬を乗りこなすという勇敢な少年。


村では「英雄の卵」として、同世代の少年たちから羨望の眼差しを受けていました。


新天地アムステルダムでも周囲の注目を集めようと意気込むエリアンは、さっそく事件に目をつけます。


つまり、町中で噂になっている「誘拐」事件の真相を暴こうというわけ。


というのも彼の新しい住居の近所に、偶然にも被害にあった家族がいたのです。


しかもその家の子供が姿を消した、まさに当日、黄色いフードをかぶった男とその子供が手をつないで道を歩いているのを、たまたま目撃していたのです。


エリアンはこの情報を誰にも言いませんでした。


なぜなら、自らの手で犯人を捕まえるため。


こんな貴重な情報を持っている自分は、アムステルダム市警よりも真犯人に近づいているに違いない。


そう確信する彼は、さっそく独自に捜査を開始。


3週間後、ついにそれらしき人物を見つけたのです。


運河に横づけされたボート。


船首にガーゴイル像がとりつけられた青いボートに、オレンジが山積みされています。


露天商の運河版と呼べるでしょうか。


とにかく、黄色いフードの陰から見える面影が、あの男に似ています。


決定的とも思えたのが、そのボートに子供が群がっている点。


ボートにはなぜか子供が7、8人乗り込み、男を中心に車座になっていました。


エリアンが近づいてよく見ると、どうやら男は紙芝居を読んであげている様子。


子供たちの手には、オレンジジュースと思しき黄色い液体も。


なるほど、とエリアンは納得しました。


紙芝居と甘いオレンジジュースで子供たちをおびきよせているのか。


しかし、これだけで「誘拐犯」だと断定するわけにはいきません。


エリアンは辛抱強く観察を続けました。


1時間ほどたったでしょうか、変化が生じます。


ボートから降りるよう、男が子供たちをうながしました。


子供たちは不満げな顔で、ゾロゾロとボートを降り始めます。


その際、男が1人の男の子を引き止め、耳に何かささやいたのです。


男の子のどこか内緒めいた、でもうれしそうな顔。


その表情を見たエリアンの顔も、パッと輝きます。


もう一歩だ。あとは男の子をずっと見張っていればいい。きっと「誘拐犯」が接触してくるはず。


エリアンは男の子の尾行を開始しました。


住居を突き止めます。


物陰からじっと監視。


興奮で、わきにじんわり汗が染み出ます。


そのうち陽が落ち始め、石畳の道路がオレンジ色に染まった頃、男の子がアパートから出てきました。


トコトコと小走りにどこかへ向かいます。


やがて人気のない、運河沿いの廃材置き場のような場所へ着きました。


エリアンの予想どおりでした。


船首にガーゴイル像を付けた、あの青いボートが係留されていました。


男の子の姿を認めたのでしょう、ボートから黒い影がヌッと立ち上がります。


黄色いフードをかぶっているのがわかります。


男の子が近より、二言、三言話してボートへ足をかけました。


フード男に支えられた男の子がなんとか乗りこもうとしている間に、エリアンはタッタッタと駆けていって、拾ったレンガをフード男の頭に振り下ろしました。


フード男は崩れ落ち、ボートに倒れこみます。


エリアンはレンガをさらに振り下ろします。


何度も何度も「正義の鉄槌」を食らわせます。


「これでオレは英雄だ! アムステルダムの英雄だ!」


そんな叫びが自然と口をつきました。


しばらくそうやっていると、急に「ヒッ!」という声がしました。


エリアンは振り返ります。


男の子が目をむいて、口をパクパクさせています。


「よかったね。もう少しでこのクソ野郎に殺されるところだったんだよ」


優しく声をかけたつもりでしたが、男の子は岸へ転がり出ると、一目散に逃げていきました。


命の恩人に礼も言わないなんて。


エリアンはため息をつきながら、倒れている男の方へ向き直り、血に染まったフードを剥ぎます。


知らない男でした。


少し嫌な予感がしましたが、男はずっとフードをかぶっていたのですから、顔に見覚えがないのも仕方ありません。


エリアンは死体を運河へ突き落として、ボートを降りました。


すがすがしい気分でした。


でも翌日、運河に浮かんだ死体が見つかったとき、あの男の子が「目の前で親戚のおじさんが殺された」とアムステルダム市警に証言していることがわかりました。


犯人は「おにいちゃんぐらい」と言っていることも。


さらに数週間たち、再び町の子供から行方不明者が出たという話を聞くにつけ、エリアンは一生「あのこと」を口外すまいと固く心に誓ったのでした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る