第57話 古の敵

「ヤモリ君、起きてよ。出番だよ」


 とんとん、と気絶したままのヤモリ君のお腹を指でつつく。皆の魔力で酔わないように、既に【風壁】を付与しておいたよ。


「ヤモリ君、美味しいお菓子があるよ。早く起きないと直ぐになくなっちゃうよ」

「えっ、お菓子?」


 ヤモリ君がパチリと目を開けた。


「あれ、若様。私、スパイ活動中だったのに、何で、若様が目の前にいるんでしょう」

「よく言うよ。ターゲットにご飯もらっていたんでしょ」

「えっ、あの、それはですねっ」


 ヤモリ君が、がばりと起き上がって、必死で言い訳を考えているのか、口をぱくぱくとさせた。


「言い訳はいいから。鞍作家で見たことを教えてくれる?」

「はい。あの若様が仰っていた地下の機械ですけど、あれは、土人形を作った後に、ベルトコンベヤーで、橙色の人間がいるところまで流れまして、そこで橙色の人間が、黒い穴を開いて、一体ずつ投げ込むんです」

「うん、銀の狼から聞いて知ってるよ」

「ええ、そうなんですか。じゃあ、茶色い魔力の人間が現れては、機械の中に入れる土を運んでくるというのも、ご存知で?」


 ヤモリ君が、こてんと首を傾げた。


「父様、プレーリーの小僧さん達が言っていた、茶色い魔力の人達のことだよ。倉庫に入って行くって言ってた」


 父様の方を振り返って報告すると、父様が頷いた。


「それは、四条の孝則が報告した、鞍作の長老の他に七人いるという土の魔力持ちだろうな」

「敦人兄様、私たちの把握する限りでは、長老も含めて、全員そんなに力のある魔力持ちではないので、多分、斗利くんの家に魔力処理をした土を持ち込んでいるのではないかと思われます」


 四条侯爵が父様に言うと、その隣で、シャム猫の二条侯爵が、うんうんと頷いた。


「土人形を作る時に、まず、土に魔力を流してから成形に入るんですが、成形が一番魔力を使います。多分、彼らの魔力量では、完成に至るまでに魔力が切れるんじゃないですかね。それで魔力を通した土を斗利君の家に持ち込んで、機械で成形をするという方法で、数をこなしているんだと思います」


 二条侯爵の説明に、父様が質問した。


「その土人形なんだが、一万体も八人の魔力だけで動かせるものなのか。ふーの小さい手下どもが雑魚だと言い切るくらいの魔力だぞ」


 二条侯爵と四条侯爵が顔を見合わせた。


「単純に割ると一人1250体ですね。中位以上の魔力持ちでないと無理かと思います」

「私も二条と同じ考えです。私たちが見てきた限りでは、長老も含めて、全員、魔力量は小さい者ばかりでした」


 二人は土の魔力の専門家だけど、ちょっと納得がいかないな。


「じゃあ、何で使えもしないのに一万体も作るの?」

「禁忌に手を出している可能性があるな」


 出たよ。またまた禁忌。何で、悪さをしているやつは、いつも禁忌に手を出しちゃうかな。


「お祖父さま、今度は何の禁忌?」

「分からん。賀茂と霊泉のジジイでも呼ぶか。ふー、お前なら、霊泉の結界を越えられるだろう。ちょっと呼び出してくれ」


 私は霊泉先生の命懸けの加護を持っていて、さらに水の魔力持ちなので、当代伯爵の結界を越えることが出来る。魔力を飛ばして、水人形でぱんころを作って、先生の魔力を辿った。霊泉邸にいらっしゃるようだ。水人形は、土の人形と違い、水鏡のスクリーンを目の前に置いて、人形を動かして探るという使い方になる。水鏡の前にいる全員からは、向こうが見えるが、相手は探査用の人形しか見えない。


『ごめんくださーい。嘉承家からー来ましたー』


 いきなりお邪魔するのは失礼なので、玄関先で挨拶をする。ちょっと口調がプレーリー兄弟の影響を受けているのはご愛嬌だ。すっと扉が開いて、霊泉家の執事が顔を見せた。


「熊?パンダ?ああ、これは嘉承の君でいらっしゃいますか」

『はい。嘉承不比人です。緊急事態で、先生にうちに来てもらいたいんです。取次ぎをお願いしても?』

「いえいえ、嘉承の君なら、いついらしても問題ございません。先代は書斎に陰陽師のお客様といらっしゃいますよ。さ、中にどうぞ」


 さすがは、名門霊泉伯爵家に仕える執事だ。おかしなパンダが突然尋ねてきても、狼狽えることもないし、すぐに私の水人形だと分かった。ぽてぽてと執事の後ろを歩いていると、先生が、すぐ先で面白そうにこちらを見ていらした。私の魔力に気がついて、書斎から出て来てくださったようだ。


「ごきげんよう。ふーちゃん、水の制御も、ずいぶんと上手くなったね。水人形がちゃんと水が漏れることなく成形できているじゃないか。このパンダも実に可愛いらしい」


 そう言いながら先生が、ぷよぷよしたパンダの頭を撫でてくれた。お褒めの言葉は嬉しいけど、水人形のリモート操作はまだ下手だから、あんまり触らないでほしいんだよね。弾けて、先生のお宅を水浸しにしたら大変だ。


『先生、緊急で先生と賀茂さんのお父様に伺いたいことがあるので、父様の召喚で、御二人にこちらに来て頂いてもいいですか』

「ああ、それはいいけど、敦ちゃんの魔力に勝てる者は誰もいないからね。【召喚】がかかると、うちの結界が壊れちゃうから、きっかり五分後に頼むよ。息子に頼んで、一度解除して、また張り直してもらうから。」

『了解です。じゃあ、私もこれで帰ります。お庭で水を崩して帰ってもいいですか』

「上手くなったけど、まだ水人形を消すことは出来ないのか。落ち着いたら教えてあげるよ。せっかくなんで、玄関先で、はけてくれる?打ち水代わりにちょうどいい」

『はーい』


 先生に打ち水を頼まれたので、また、ぽてぽてとパンダを玄関まで歩かせる。執事が出て来て、また扉を開けてくれた。


『先生に打ち水代わりになるから、玄関先で魔力を解除するように言われたので、水がかからないように、扉を閉めてください』

「ああ、これは、恐れ入ります。家の者が助かります」


 律儀な霊泉家の執事が頭を下げてくれたので、ぱんころも頭を下げた。ぱんころは三頭身なので、頭が重いからお辞儀をすると、バランスが取りづらい。そのまま、ぼよんと前に倒れてしまった。もういいや、このまま魔力解除しちゃえ。


 水鏡で見ていた皆は、微笑ましげな視線を送ってくれたが、一流の魔力持ちの面々の前では、ちょっと恥ずかしいよね。


「ふーちゃんは、魔力が大きいから、リモートなのに、大きめの水人形でも平気なんだね。それに成形も早いし。大したもんだよ。水人形が上手く消せないうちは、大きい人形を作り変えるような要領で魔力を引いて小さくしていくといいんじゃないかな。周りに水が飛ばないくらい小さくなったら、そこで魔力を解除するといいよ」


 三条侯爵のアドバイスは、目からウロコ。納得だよ。確かに椿おじさまの仰る通りで、小さい人形にしていけばいいだけの話だよね。瑞祥一族といると勉強になることばかりだ。どっかの公爵サマと愉快な仲間たちとは違うよ。


「ふー、お前、また失礼なことを考えているだろう」

「イイエ、マッタク。あ、父様、五分経ったら、霊泉先生と賀茂さんのお父様をお呼びしてね」


 そう言いながら、こそこそとお祖父さまの後ろに逃げ込む。お父さまがいない時の避難場所は、お祖父さまだ。お祖父さまは、お祖母さまが絡まない限りは、子供を最優先して保護してくれるからね。


 五分経って、霊泉・賀茂のアカデミック水チームが到着した。


「おう、お前ら、色々悪いな。まぁ、こっちに座れ」


 お祖父さまは、やっぱり山賊だよ。


「牧田、二人増えた。何でも二人が好きな酒とつまみを用意してやってくれ」


 そして、やっぱり飲むわけか。


「実はお前らに来てもらった理由なんだがな」


 お祖父さまが、これまでの経緯と、鞍作一族が禁忌に手を出した可能性について説明すると、二人の学者が考え込んだ。


「ふーちゃんのお友達の話では、梅園侯爵よりも強い闇の力を持った魔力持ちも絡んでいるということでしたね」


 先に口を開いたのは賀茂保憲氏だった。魔力器官は失ったが、魔力を視る眼と、膨大な魔力学の知識はまだまだ健在だ。


「八人の魔力持ちと三人の先祖返り、その十一人を全て使い潰す気なんでしょう」


 使い潰す。おおよそ人間に使う言葉なんかじゃない。あまりにおぞましい言葉に、肌が猫の下に触れたように、ぞわりとした。


「嘉承と瑞祥の皆さんなら、何故、始祖様のやんごとないお父上が楚我を討ち取ったか本当の理由をご存知でしょう」

「ああ、そういうことか」

「なるほどな。それなら、小さい魔力量の魔力持ちでもいいのか」


 賀茂保憲氏の言葉に、大人達は、何かひらめくものがあったようだ。ただ、その顔は皆、嫌悪に満ちていた。怖い。めちゃくちゃ怖い。今から、私は、怖いことを聞くことになる。



「鞍作の魔力持ちを楚我鋳鹿そがいるかへの生贄にするのか」

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