第56話 炸裂、伝説の右
確実に二十回は改修を入れたゴーレム台車に、またしても改修を入れようと思っているところに、今度は四条家のアンドロイド型のレスキュー部隊が出現した。二条侯爵の説明によると、このアンドロイド型が、土の魔力持ちが作る土人形の基本形だそうだ。これに魔力を加えていって、色々な特徴を作っていくのが正規の土人形の成形法らしい。知らなかったよ。
レスキュー部隊がトーリ君を乗せて退出していく後ろを芦屋さんと二条の先代がついていった。今日は、退出組が多いよ。
「えーと、鞍作さん、私は嘉承不比人です。あのトカゲはヤモリで、私のポケットの中で寝ていますから、ご心配なく。あと、プレーリードッグも私の友達です」
「これは、小魔王様、そうですか。皆、無事でしたか。良かったです」
誰が小魔王だよ。段々、見えてきた。この人は、根は悪い人ではないんだけど、うちの風チームとは別の意味で空気が読めない人だ。悪気なく無神経な発言で周りをイラっとさせる人っていうのかな。妖の心配よりも、自分の息子の心配をしなよ。さっき、レスキュー組と退出したのを見ていたよね。こういうところ。
「鞍作、斗利が怒り狂った理由が分かるか」
「はい、あの、それは、私が蜥蜴の、あ、ヤモリでしたね。ヤモリの心配をしたから、焼きもちを焼いたんでしょうね」
は?何言ってんの、このおじさん。
ぐっと拳を握ると、お祖父さまが、私の肩を抑えた。
「そうか、それがお前の理解か」
父様が大きな溜息をついた。
「頼子、大姫、後は任せていいか?これ以上続けると、ふーがまた魔力暴走しかねないんでな」
「兄様、わたくしも、火を加減をする自信がありませんが、死なないように心しますわ。響子、隣でわたくしの魔力制御を監視していて下さいな」
頼子叔母様が東久迩先生の方に視線を移した。
「響子?」
東久迩先生は、叔母様に返事をせず、顔に何の表情を浮かべることなく、つかつかと歩み寄ると、床に座り込んでいた鞍作父の胸元を左手で掴み上げた。細身とはいえ、片手だけで成人男性の足がぶらりと宙に浮くほど持ち上げている。もの凄い腕力だな。何が起こっているのか把握できていないといった表情の鞍作父だったが、いきなり右アッパーが顎下で炸裂して、孤を描いて吹っ飛んで行った。
出たよ、伝説の右。
どんっと大きな音がして、鞍作父が床に叩きつけられると同時に、すっと東久迩先生が、父様の前に跪いた。
「西都並びに西国を統べる嘉承公爵閣下の前で大変なお目汚し、失礼いたしました。ここには、西都公達学園の学園長として来ておりますのに、教育者としてあるまじき振る舞い、心よりお詫び申し上げます。学園長の職を辞すべき所業にございます。ただ今、この時を持って、嘉承公爵閣下、嘉承西都総督閣下に西都公達学園の学園長の職を退く勝手をお許し頂ければと存じます」
先生が深く頭を垂れて、父様と叔母様の沙汰を待った。
「許可しない」
「は?わたくしが粛々と沙汰をお待ち申し上げているというのに、それだけですの?」
父様の素っ気ない一言に先生が、むっとしたように柳眉を上げた。
「お前、今更しおらしくしても遅いぞ。さんざん悪行三昧してきて、いきなり職を辞するって何だよ。おかしいだろうが」
「悪行三昧って何ですの。わたくし、今まで、生徒にも父兄にも手を上げたことはありませんわよ」
手は上げてないけど、しょっちゅう生き埋めにしているよね。と、思いつつ、私は表情で思っていることがバレるようなので、お祖父さまの後ろに逃げ込む。
「まぁ、自己申告ではそうだろうがな。お前が辞職して誰が引き継ぐんだ。お前のいつも言っている可愛い生徒たちが動揺するだけだろう」
「響子、わたくしも兄と同感ですわ」
さすがに、今回は、叔母様も父様と意見を同じくしているようだ。
「はぁ、敦人様、とりあえず2,3日ほどで結構ですから、学園長の職を預かって頂けません?わたくし、あと数人ほど殴らないと気が済まない輩が出て来そうな予感がしますの」
「何だ、それは。辞職は三日だけか。あと、旧宮家の姫が殴るとか輩とか言うな」
「兄様、それは差別的ですわよ。世の中には、殴らないと分からない輩が山ほどおりますでしょう。旧宮家の姫だからと言って、いつも深窓の姫でいるわけにはいかないのですわ」
「お前も、時々忘れるが、まだ一応、公爵家の姫だからな」
「あら、奇遇ですわ。兄様も、まだ一応、公爵家の当主ですけど、わたくし、時々忘れてしまって」
はははははは、おほほほほほ、と父様と叔母様の間でお寒い笑顔が交わされた。何で火の魔力持ちが二人でこんなに冷える空気を醸し出すんだろう。先に目を逸らしたのは父様の方だった。
「東久迩、殺さない程度に頼んだぞ。その条件で2,3日なら目を瞑ろう」
「おほほほほ。嘉承公爵閣下のご厚情、痛み入りますわ」
するりと優雅な所作で東久迩先生が立ち上がり、父様に軽く会釈をした。けっ、としか父様は言わなかったが、存外、楽しそうにしていた。父様は、自分に歯向かうような骨のある人が好きだからな。優美な瑞祥一族よりも、先生みたいな乱暴者と気が合うのかも。でも、旧宮家の姫と乱暴者という言葉が同列に並ぶって、めちゃくちゃ変だから。
「それでは、梅園侯爵と鞍作斗利の父親は、わたくし達で預かりますわね。鞍作一族と、その裏にいる者は、兄様にお任せしますわ」
「おう。頼、梅園には油断するな。享護でさえ、ああなったからな。南条に常に【風壁】を出してもらって、お前も【業火】を発動できるようにしておけ、いいな」
「わたくしの【業火】では、お父様や兄様より魔力が足りないので、心身共に苦痛を与えてしまいますわよ」
「まぁ、魔力が足りないのはお前のせいではないからな」
「そうですわよね。わたくしのせいではありませんわよね」
おほほほほ・・・と、また扇の後ろで高笑いしながら、叔母様が退室した。叔母様、扇で口元を隠しても、目つきが獰猛過ぎるんだって。東久迩先生も、叔母様以上にツッコミどころが満載で、鞍作父を肩に担いでいる。どうみても、姫の所業とは思えない光景だったが、賢明にも皆、口を噤んで目を逸らして、二人が出て行くのを待った。牧田だけは、楽しそうにドアを押さえていた。牧田は性別関係なく、強者が好きだからね。
「ふう。先生と叔母様がいると緊張しちゃうよ。肩凝っちゃった」
「私も、猫の肩なのに、ガチガチですよ。東久迩の大姫の魔力は、土ですけど、二条と方向性が違い過ぎて」
「四条とも違うよ。我々は平和に土に潜ったり、人形を作っているだけだからね。まさか、腕に魔力を纏って物理攻撃をしかけるとか思いもしないよ」
四条侯爵の言う通り、土は、攻撃ではなく、守備に特化した魔力と言われている平和な魔力のはずなのに、東久迩先生は、ガチガチの武闘派の姫だ。東久迩家、何をどう間違えて育てれば、あんな姫になるんだよ。
「二の姫は、昔から嫋やかな美姫で、いまでは侯爵夫人の鑑のような方なのにね」
シャム猫の二条侯爵が残念そうに言うと、四条侯爵がうんうんと頷いた。
「そうなんだよ、ありがとう、宣ちゃん」
は?
「四条侯爵夫人は、東久迩家の二の姫だった方だよ」
峰守お爺様が、状況が飲み込めない私に、こそっと教えてくれた。
「え、それは、公達学園高等科で・・・」
驚いた私の口を、ぷにっとしたシャム猫の肉球が押さえた。東久迩の二の姫が、高等科時代に南条の織比古おじさまに九股されて、大姫と頼子叔母様に成敗されたという話を、小野の良真卿から詳細を聞いている私としては、ちょっと複雑だ。つまりは、四条先生と東久迩先生は、義理の姉弟ということだ。
何てこった。西都の公家社会も、二条侯爵のシャム猫の額くらいに狭かったよ。
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