第55話 鞍作父

 家に戻ると、父様がどさっと鞍作父を床に降ろした。


「父ちゃんっ」


 慌てて、トーリ君が駆け寄って来た。


「さすが敦ちゃん、仕事が早い。さっき出てから、小一時間も経ってないよ」

「面倒臭がりだから、問答無用で連れて来たって感じだよね」

「俺についてくればいいんだ、悪いようにはしない、みたいな?」

「そりゃ、隣国の時代劇だろ」


 ぎゃははははーと何が面白いのか大笑いをしている不良老人達に溜息をつきながら、父様が泣きそうになっているトーリ君と、傍にいた三条侯爵に声をかけた。


「隠居ジジイども、うるさいな。斗利、心配しなくていいぞ。暴力的なことは何もしていないからな。椿、起こしてやってくれるか」

「はい、敦人兄様。斗利君、ちょっとだけ離れてくれるかな。すぐにお父上を起こしてあげるからね」


 三条侯爵は、凛とした涼し気な雰囲気の紳士だが、さすがに兄妹だけあって、笑うと途端に雰囲気が瑞祥のお母さま似てくる。意識のない父親を見て、激しく動揺していたトーリ君だったが、安心感を与える三条侯爵の微笑を見て、素直に頷いた。芦屋さんが、トーリ君の肩をぽんぽんと叩くと、二条の猫親子も立ち上がって、背中をてしてしと叩いた。土の魔力持ちは、皆、優しいよね。若干一名の例外は除くけど。


 今回のことで、分かったのは、あまりに優美で近寄りがたかった二条家が、実は、もふっとした可愛いもの好きの同士で、苦労人仲間だったということだな。これからは、二条家にも、もっと遊びに行こう。二条家には綺麗なお姉様もいるしね。うひひ。


 三条の椿おじさまが、軽い【回復】をかけると、すぐにトーリ君のお父様の意識が戻った。


「あ・・れ。ここ、どこだ?あっ、強盗が押し入って・・・。そうだ、蜥蜴は」


 そう言いながら、体を起こして辺りを見渡すと、父様が不機嫌そうに言った。


「誰が強盗だ」

「ひいっ、閻魔大魔王様。私は死んだのですか」


 鞍作父の反応に、皆が大爆笑した。閻魔大魔王様は、冥界の王だ。ほらね、やっぱり、妖から見ても、人間から見ても、父様は冥王なんだよ。ちなみに、そこで官吏として働いていたと噂されたのが、小野家の優秀過ぎる先祖だ。


「意識を失って、最初に心配するのは、蜥蜴か。お前、息子の前でそれはないだろ」


 お祖父さまも、機嫌が悪そうだ。お祖父さまは、子供には、めちゃくちゃ優しいからね。


「え、息子?あ、トーリ、お前、元気か?」


 あまりにトボけた鞍作父の反応に、トーリ君が切れた。


「父ちゃん、何ボケてんだよ。俺をまた置き去りにしやがって。一言目にトカゲって何だよ。頭がおかしいのかよ。俺は、元気だよ。今まで一番元気だ。父ちゃんとは全然関係ない、ここにいる皆さんのおかげでな」


 いつも飄々としたトーリ君が泣いているのを見て、キリキリと胸が痛む。また置き去りって言ったよね。子供を「置き去り」ってとんでもない言葉だよ。それも「また」って。私たちは小さいけれど、ちゃんと感じるし、考えるんだよ。そして、それを抱えたまま大きくなる。ちびっこが、ちびっこの間は、大人からしたら大したことでなくとも、この世の終わりと思えることだってあるんだ。ましてや、親に捨てられたら、どれだけのトラウマになるか、分かっているのかな、この父親は。絶対に分かってないよね。


 頼子叔母様と東久迩先生が、するするとトーリ君と父親の近くに、にじり寄っていく。そうだよ、そんな親なんか、一回、あの二人の天誅を喰らって、焼かれて埋められちゃえばいいんだ。


「そ、そうか、お前、確かに今までで一番顔色がいいな。うん、安心した」

「はぁ?貴方が安心するのは、まだ早いんじゃなくて?」

「鞍作さん、わたくし、西都公達学園、学園長の東久迩ですわ。斗利君の魔力検診の件でお話がありますの。それと、彼の体の中にある呪いについて」


 頼子叔母様は、かなりご立腹のようだ。東久迩先生は、藪をつつかずに、いきなり核心に斬り込んだ。怖いので、私は、二条猫親子を抱えてお祖父さまのところに避難する。お祖父さまの側には、西条の先代がいた。北条と南条は、オレンジ侯爵を連行し、東条は、当代と嫡男に付き添って病院だ。


「二条は、まだ猫なのかい。いい加減、本体に戻ったら」

「そうなんですけど、本体は屋敷に送ってしまったので。ここまで戻って来る間に色々と見逃したら嫌だと思って、戻るタイミングを逃しているんです」


 小野の峰守お爺様に、本体を嘉承一族のいるところに置くとどうなるか聞いた二条家は、賢明にも本体を自宅に戻した。正解だよ。絶対におかしなメイクをされるからね。しかも、取るのが大変な、やけに凝ったやつ。


「全然、そのままで問題ないと思うよ」


 猫好きの峰守お爺様は、嬉しそうだ。何といっても、二条侯爵の作った猫は、本物とまごう出来だし、私のにゃんころと違って感情を汲み取って耳や尻尾や、何と瞳孔まで動くという超絶オタク作品だからね。


「確かに、これから姫達の拷問・・・じゃなくて尋問が始まる雰囲気だから、これは見逃せないよね」


 西条の博實おじいさまが、ぽろっと拷問って言っちゃったよ。私は、怖いからぜひとも見逃したいイベントだってのに。


「父ちゃん、もう全部言ってよ。西都の公爵様のところに行ったら、助けてもらえるから、俺を置いていったんだろ。でも、何やってんだよ。あの変な機械で、プラムフェアリーさんと何やってるんだよ」

「プラムフェアリーさん?」


 トーリ君の説得にじーんと胸を打たれていた全員が、声を揃えた。


 オレンジ色の謎の妖精さんは、梅の園から来たってことなんだろうな。ものすごいファンシーな名前が出てきちゃったよ。


「それは、お前に説明しただろう」

「プラさんの筋トレの機械だろ。でも、それは嘘なんだろ」


 橙色の髪をした妖精のプラさんが、家の地下にある謎の機械で、せっせと筋トレとか、ちょっと考えるのもアレな光景だな。


「鞍作君、ちょっと落ち着いて下さる?色んな情報が衝撃的で、先生、処理が追い付かないわ」


 東久迩先生が、例の会の会員証である扇でパタパタと忙しなく首元を扇ぎながら、トーリ君を止めた。頼子叔母様が後を引き取った。


「鞍作さん、西都総督府の嘉承頼子と申します。私たちが調べたところによると、貴方のご自宅の地下にある工場で、土の魔力を施した兵隊人形が作られていますね。そして、それが天河と芳野の近くにある地下倉庫に送られている。数は約一万。これは、謀反と見なされても仕方がない行為です。何か言いたいことがあれば、ここで伺いましょう。陰陽寮に送られる前に供述した方が、貴方の心身のためにも良いことは先にお伝えしておきますわね」


 魔力持ちが絡んだ犯罪は、陰陽寮の管轄だ。トーリ君の父親には魔力がないけど、今回は魔力持ちに加担しているのが明白なので、陰陽寮送りになるわけか。そこで、心身に悪そうな目にあうわけか。くわばら、くわばら。


「父ちゃん、さっさと吐けよ。何でも知っていることは、全部、言ってくれ。でないと、俺、西都で、こんなに良くしてもらってるのに、俺・・・」


 トーリ君の必死の訴えに、鞍作父も思うところがあったのか、いきなり床に正座をして、背筋をぴしっと伸ばすと、皆の前で土下座をした。この家、土下座率が異常に高いよね。あの屈辱の最終奥義を思い出すから止めて欲しいよ。


「先ずは、皆様に御礼を。この度は、息子の斗利に賜りました格別のご厚情、本当にありがとうございます」


 堅いな、鞍作父。どこの歌舞伎の舞台挨拶の口上だよ。


「さて、お問い合わせのありました、鞍作一族の謀反と思える一連の行動につきまして」


 ドガっという鈍い音がして、鞍作父がつんのめって床にひれ伏した。


「舐めてんのか、お前は」

「兄様、私が質問している容疑者を足蹴にしないでくださいませ」

「野蛮ですわね」


 父様、西都の姫の会の幹部に野蛮人呼ばわりされて、軽蔑されるとはね。いつのまにか、鞍作父、容疑者になっちゃってるよ。


「あの、ふーちゃんの父ちゃん、うちの父ちゃん、緊張しぃで、テンパると、こういう喋りになるんだ。苛々するだろ、ごめんな」


 トーリ君が慌てて父親を庇って、父様に謝罪した。出来の悪い親を持つと、出来のいい子は苦労するよね。


「父様、それだと単なるイジメだよ」

「悪かったな、鞍作。椿、軽い【回復】をかけてやれ」


 いやいや、冥王様、それだと謝罪になってないし。あと、椿おじさまは、父様の部下じゃないよね。


「はい、敦人兄様」


 椿おじさま、めちゃくちゃ、子分気質だよ。瑞祥は、お父さまに慣れ過ぎて、こういう直接の命令には慣れていないんだろうな。かなり手下扱いされているというのに、二条も三条も、なんなら四条まで、素直に従い過ぎる。一条家がいないとやっぱり、瑞祥は危ういかもしれない。


 三条の水の【回復】で、鞍作父も、しゃきっとした感じがする。元々、父様も、本気で蹴ったわけではないので、ほとんどの魔力は、部屋の空気に流れていった。三条のような上位の魔力持ちは【回復】が必要がないところには流れないように使う。これは、体の持つ自然治癒力を温存して、魔力に依存させないためだ。


「おっ、爽快な気分だ。やっぱり水はいいなぁ」


 嘉承の不良老人たち憧れの水の魔力。私も【回復】の使い手になりたいなぁ。落ち着いたら、水もちゃんと習おう。


「重ね重ね、申し訳ありません。あの、先ず、斗利の魔力ですが、加須賀大社の神官様の協力で、魔力が無いという申告をしました。これは、鞍作一族の間では魔力があるとバレると、子供が内裏に連れて行かれて陰陽寮で強制労働させられると・・・少なくとも、父と妻はそう本気で信じているようでした」        

「貴方は信じているの?」


 叔母様が冷たい声で質問した。


「私は、その、魔力については、よく分かりません。斗利に何かしら力があるのは気がついていましたが、私と同じで霊感のようなものかと思ってました」

「霊感?」


 あ、そうそう、それを皆に報告しなくちゃ、なんだよ。


「あのね、そうなんだよ。トーリ君のお父様は、視える人なんだって。プレーリーの兄弟が隠れていても、見つかって、それで、ヤモリ君共々、ご飯をもらっていたんだって」


 はい、仰りたいことは分かりますよ。御小言は後で受付けますって。


「あの子たち、やっぱり、お化けなんですか。声をかけたら、反応があったので、そうじゃないかと」


 何で、お化けと思って声をかけるかな、このどこまでも平和ボケな父親は。トーリ君が視線で謝罪しているのが分かった。いいよ、トーリ君のせいじゃないし。


「お化けというか、あれは妖だ。大きな括りで言うところの人外というやつだ」


 父様が説明すると、鞍作父が、こくこくと頷いた。


「そうだったんですか。それで、魔王様が我が家にご降臨された際に、私と食事をしていた蜥蜴は・・・」

「誰が魔王だ・・」「今は、トカゲの話じゃないだろっ」


 父様の呆れたような声を、トーリ君の怒鳴り声が遮った。


「お、おう、斗利の言う通りだな」


 父様も引くトーリ君の怒りの先には、巨大な隕石のようなものの下敷きになった鞍作父がいた。


「ま、妥当な天誅ですわね」


 怒りに任せて、巨大な隕石に思いっきり魔力を使ったせいで魔力切れで倒れたトーリ君を抱えて動揺する芦屋さん、その横で右往左往する二条の猫親子。「ええ、また【回復】ですかぁ」と泣きが入る三条侯爵。せっせと隕石を動かそうとする四条侯爵。ただただ爆笑している嘉承一族。


 阿鼻叫喚地獄の中で、「おほほほほほ、まぁ大変ですこと」と扇の裏で優雅に笑う、西都姫の会の幹部が二人。


 そして、呆然と立ちすくみながら、お父さまの一日も早い帰還を願わずにはいられない私がいた。ちなみに、ヤモリ君は、私のポケットの中で、まだ気絶したままだ。

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