第54話 妖はパンのみに生きるにあらず

「敦ちゃん、ふーちゃん、斑鳩に飛んだら、斗利君の父親だけ捕獲して、すぐに戻って来てくれないかな。私とみー君が鞍作の長老から聞いた話と、彼の言い分を整合した方がいい」

「分かりました」


 南条の佳比古おじいさまに頷きながら、父様が私を抱き上げた。


「え、また私?悪いやつは殴ろうと思ってるけど、トーリ君のお父様は拉致するだけでしょ」

「斗利の親父は、お前の手下が見張っているんだろ。俺の前に奴らは出て来ないから、話が聞けないだろうが」


 あら、冥王サマ、プレーリードッグの小僧さん達の話も聞いてくれるんだ。わらわらと集まっているところを、某水爆大怪獣のごとく、蹴散らしていくかと思ってたよ。


「お前、今、失礼なことを考えているだろう」


 てへへ。父様は怒っている時も、ちゃんと周りを見ていて冷静だよね。さすがは、魑魅魍魎を従える冥府の王だよ。


「お前、思考が更に失礼になっているよな」


 むぎゅうっと父様の長い指が私の頬を引っ張った。子豚の頬は、ぷにぷにで、よく伸びるので全く痛くはないけど、すごいブサイクになるから、上品な美形の多い瑞祥一族の前では、切実に止めて欲しい。


「叔母様、東久迩先生、児童虐待の現行犯です。取り押さえてください」

「うるせー、さっさと飛ぶぞ」


 瞬間、視界に住宅街が飛び込んできた。どこにでもあるような建売の家ばかりだが、都市部の住宅街よりも庭が大きいので、長閑な雰囲気だ。智から聞いていた家が目の前にあった。これがトーリ君のお家か。


「ふー、妖がいるな。話を聞いて来てくれ」

「え、どこ?」

「俺の後ろ100メートルくらい先。数体、お前を見ているだろう」


 後ろって、叔母様もそうだけど、いつもどうやって見ているんだろう。しかも百メートル先の小さい妖が私を見ているって、父様は、どっかの部族の人なの?


「うーん。よく分からないけど、歩いて行けば寄って来てくれると思うから、ちょっと行って来るね」

「おう、頼むわ」


 父様に降ろしてもらって、言われたように、父様の後ろにあった小道を歩いていると、一分も経たないうちに私に話しかける声がした。声のする方を見ると、プレーリードッグが三匹、手を振っていた。


「若様ー、ダメですよー。魔王様と一緒に来ちゃうとー、二人は目立つからー、バレちゃいますってー」


「うん、何かね、もう正面突破するんだって。あの人、側近に手を出されて、めちゃくちゃ怒っているから気をつけてね」


 私の言葉に、プレーリードッグがおろおろと小走りを始めた。


「大丈夫だって。敵と仲間の区別はついているから、平気だよ」

「私達はー、永遠にー、若様についていきますからー。魔王様だけにはー、差し出さないでくださいー」


 父様、牧田並みに、怖がられてるな。生贄じゃないんだから、差し出されても父様も困ると思うけどね。


「うん。それより、見張ってて何か分かった?オレンジ色の髪の毛の人以外、誰か尋ねてきたとか?」

「尋ねてきたというよりー、私達と同じでー、時々ー、見張りに来ていたー人間がいましたよー」

「その人間は魔力持ち?」


 三匹のプレーリードックが立ち上がって、同じようにこくこくと頷くのは可愛いけど、今は愛でている場合じゃないからね。


「そうですー。オレンジの人と同じですー。でもー、もっと黒かったですー」

「もっと魔力が大きかったってこと?うちの冥府の魔王サマと比べて、どんな感じ?」


 私の質問に、プレーリードッグの兄弟は、それぞれ顔を見合わせて、確信を持ったように、私に頷いた。


「分からないですー」


 分からんのかいっ。だったら、何で、そこで思わせぶりな表情をするかな。妖は、こういうところがあるんだよね。もう。


「その黒い魔力の人間以外は?」

「茶色い魔力の人達がー、何人かー、来てー、庭の倉庫にー、入ってましたー」


 庭の倉庫。それが、智の言っていた機械のある場所かな。


「ヤモリ君は、中を調べてくれたのかな」

「今もー中にーいますよー」


 ヤモリ、真面目だな。現場監督もいないのに、中で、ちゃんと探ってくれているらしい。


「それで、その茶色い魔力の人達は、魔力はどんな感じ?」

「雑魚ですー」


 言い切ったよ。化けるほどの妖力を持つが、小さい妖の部類に入るプレーリードッグが、一切の躊躇もなく雑魚だというくらいなんだから、本当に雑魚とみなしていいだろう。


「他には何か?」

「えっとー、そのー」


 プレーリードッグの三匹が下を見て、言い難そうに下を見ながら、モジモジしていた。


「あのぉー、ヤモリがー、あの家の人間からーご飯をもらっていますー」


 ちょっと待った。監視対象の鞍作父から、ご飯をもらっているって、どういうことだよ。


「ヤモリ君が妖ってバレているってこと?」

「いえー。ヤモリは、妖になってもヤモリなので、バレてはいませんが、あの人間、ちょっと変なんですー」


 ヤモリは妖になってもヤモリか。自分達や狐みたいに化けたりできないということだろうな。


「私達が隠れていても視えるみたいなんです」

「視える人なんだ」

「はいー」


 妖は、実体を持つものと、精霊のような実体を持たないものがいる。実態を持つものも、妖力がそこそこあれば、消えることもできるが、小さい妖では、その力も弱く、魔力持ちや霊感のある人には簡単に見つかってしまう。トーリ君の話では、技術オタクで料理が趣味で、ちょろい善人の父ちゃんということだったけど、それは聞いていないよ。


「それで、色々とー何か作ってはー、食べさせてくれるんですー」

「ということは、小僧さんたちも、ご飯をもらっているということだね?」


 私が、ジト目でそう言うと、三匹のプレーリードッグが、へらっと笑った。何てこった。スパイが次々に餌付けされていたよ。智がいなくなった途端にこれじゃ、牧田にバレると大変だよ。私が緑狐のお願いを聞いて、智を引き上げることを決めたから、私まで連帯責任で怒られちゃうよ。


「お仕事中は、他の人にご飯はもらっちゃダメなんだよ。その代わり、私がお仕事で頑張った分、稲荷屋のお菓子を報酬で差し入れるから。でないと、銀の狼にバレると、めちゃくちゃ怒られちゃうからね」


 銀の狼に怒られると聞いた途端、プレーリードッグが三匹ともパタリと気絶した。えーと、これ、私が回収すべきなんだよね。しかし、参ったな。まさか鞍作父が視える人だったとは。こちらの動きが筒抜けということなのかな。頭を抱えながら、父様の元に戻って、事情を説明すると、父様が大笑いした。


「使えねー。食い物で買収されるあたり、さすがは、ふーの手下だな」


 父様、ひどいよ。でも、本当のことなので言い返せない。牧田は、妖は一ヶ月くらい飲まず、食わず、眠らずでも、全く問題がないと言っていたが、あれは、多分、銀狼だけだな。牧田は、妖を銀狼基準で考えていて、それ以外は存在自体を認めていないような節がある。こういう小さい子たちは、そこまでの持久力は持っていないんだろう。これは、完全に私のミスだ。


「どうしよう、父様。こっちの動きがバレちゃってるってことかな」

「構わん。もう正面突破で行くことにしたからな。俺、ちょっと鞍作父を拉致ってくるから、お前、妖どもを回収して来いよ。西都に戻りたいなら、一緒に連れて帰ってやるぞ」


 ちょっと拉致ってくるって、どこの手練れの犯罪者テロリストだよ。西国統治を任された公爵サマがこれでいいのか、曙光帝国。


「妖は、父様の魔力が大き過ぎて怖がるから、自分達で帰りたいと思う。プレーリーは、もう倒れちゃってるから、私の台車ゴーレムで全員、喜代水まで運ぶことにするよ。ヤモリ君だけ回収して一緒に連れて帰りたいんだけど、地下の工場の中にいるんだって」


 父様がすっと【転移】で消えたので、私は、またプレーリードッグが倒れているところまで戻って、台車ゴーレムを出した。三匹だけなので、そこまで大きいものは必要ない。これを自動操縦にして喜代水までお届け設定にした。台車の豹足がぽてぽてと歩き出したのを見送っていると、父様が、細身の中年男性を肩に背負しょって現れた。仕事が早すぎるよ、公爵サマ。


「帰るぞ、ふー。あと、これ、お前の手下な」


 父様が、ぽんっと投げてよこしたそれは、気絶したヤモリ君だった。


「そのイモリ、鞍作とメシ食ってたぞ」


 ご飯をもらってどころか、一緒に食事してたの?


「ヤモリ君だよ、父様。スパイの妖選を間違えたよ」


 ぶすっと私が言うと、また父様が笑った。


「妖はそんなもんだろ。気まぐれで、悪戯をしては人間の反応を見て、裏でほくそ笑んでいる連中だ」

「牧田は違うよ。誰よりも信用できるし、おかしな悪戯なんか絶対にしないし」

「牧田と他の妖を一緒にするな。俺が思うに、人外は、すべからく妖と呼ばれるが、その大きな括りに全てを入れるのは不敬だと思う。例えば、龍や麒麟を神と崇めている地域があるだろう。銀狼も、元々は、山の神だったらしいぞ。山の神が、山から下りたから、西国では稲荷神の使いの白い狐がその地位に納まったみたいだな」


 不敬。そんな殊勝な言葉が父様から出て来るとは思わなかったよ。陛下を前にしても不遜で不敬な態度なのに。あと、人外だと父様も妖になっちゃうよね。


「おい、スナギツネ、お前、また失礼なことを考えていないか」


 えへへ。私は不遜で不敬な人の子供だからね。でも、絶対にスナギツネじゃないから。

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