第51話 東条のちゃちゃっと牧田のくふり
オレンジ侯爵こと、梅園侯爵と、トーリ君のちょろい善人の父ちゃんの拉致は、翌日の夕闇に紛れて決行することになった。まさに逢魔が時。オレンジ侯爵の髪は、まさしく、夕日色だから、浚ってくれって言っているようなもんだよ。
「はい!じゃあ、本日の拉致部隊の隊長は、私、東条誠護。これから、段取りを説明するよ」
真護の祖父の誠護おじいさまは、先代侯爵の中でも一番、魔力が強くて、お祖父さまの側近の皆が陰陽寮のお手伝いをしていた時に、陰陽師の陰陽大学校への出向を引き受けて、陰陽大学生達の手合わせを一気に引き受けていたという猛者だ。賀茂さんに頼まれて、今でも、時々、帝都に出向いているくらいなので、現役時代に比べても衰えを感じさせない魔力の強さと大きさを誇る。さすがは、嘉承の狂犬、東条の血統だよ。
「敦ちゃんに、私と享護、二条親子と、ふーちゃんと牧田の六人を斑鳩にバーンと飛ばしてもらう。その後は、梅園宮の子息と、鞍作季利の娘婿をガシッと捕獲。ちゃちゃっと二条は土人形を作る。魔力切れになったら、ふーちゃんに魔力粒をぱぱっと作ってもらう、ということで。牧田は、ふーちゃんの用心棒ね。つまり、ぱっと行って、ちゃちゃっと仕事して、ささっと帰って来るってことでいいね?」
東条の説明は、皆、擬音とか擬態語が多過ぎるんだよ。何が何だかよく分からないけど、とりあえず頷いておこう。今回は二条侯爵親子が魔力切れになったら、土の魔力で魔力の粒を作って渡すというだけの簡単なお仕事だしね。あとは、牧田に引っ付いていれば、万事OKらしい。
「うん、じゃあ、皆、大丈夫そうだね。敦ちゃん、こっちはいつでもいいよ」
誠護おじいさまがニコニコとしながら告げると、お祖父さまが呆れたようなお顔をされた。
「おい、二条、ぱっ、ちゃちゃっ、ささっで分かったのか」
「おじさま、宣親、段取りは大事だから、遠慮せずに言った方がいい」
父様も同意したので、私も頷いておく。私は生まれた時からの付き合いだし、真護がいつもそばにいるので、東条の言いたいことは何となく掴めるけど、二条家は今回、初めての共闘だから、不安要素は今のうちに消した方がいい。
「誠護兄さまは、今更ですよ。私と宣親は、自然に動く土人形を作る、魔力が切れたら、ふーちゃんに言う。これしかしませんよ。というか、出来ませんから。二人を拉致して、私達が去った後も動く人形となると、かなりの魔力を使います。そうなると、何かあった時の防御が出来ませんので、私達も用心棒が欲しいのですが」
「利親おじさま、任せてください」
「無理。東条家は、攻撃は最大の防御を地でいく家でしょ」
まぁ、そうなるよね。東条の防御なんか、蛙がクロールで泳ぐくらいあり得ないよ。これも、西都の公達の常識だ。
「そのための牧田だ、利親」
「牧田さんは、昔から嘉承の嫡男しか興味がないでしょ。ふーちゃんの用心棒なら、最強ですけど、それ以外は守ってくれるどころか、文字通り、歯牙にもかけてくれませんよ」
そんなことはないと思うんだけど、100%ないと言い切れないところが、牧田クオリティなんだよね。牧田は、何も言わずに、にやりと犬歯を見せた。
「それなら、お前らは、猫人形に入って行け。ヤバくなったら意識を戻せば問題ないだろ」
いやいや、お祖父さま。リモートで高精度の土人形を作り出せるのは、お父さまくらいだよ。
「そうですね。そういうことなら不安なく、土人形を作ることのみに魔力を注力できるので問題ありません」
問題ないんだ・・・。意外に高い瑞祥の人外枠率。
二条侯爵親子が、父様に宣親おじさまの猫人形コレクションを【召喚】で取り寄せてもらうと、狐の里で見たシャム猫と、これまた見事なアビシニアンが現れた。
「すごい。シャムもすごいけど、このアビシニアンも本物にしか見えないよ」
「ありがとう、ふーちゃん。これは、私もなかなかの時間と魔力をかけて作ったんだよ。アビシニアンの毛は、ティッキングって言って、一本の毛に濃い色、薄い色が交互に入っているから、なかなか本物らしさを出すのが大変でね」
トーリ君も芦屋さんも呆気にとられている。確かに、絶句するしかない代物だよ。
「ちなみに、この子は、ルディと呼ばれる赤褐色なんだけど、それ以外にもフォーンっていう淡黄褐色の子と、ブルーと、ソレルっていう赤色の四体あるから、いつでも見に来て」
二条侯爵の拘りは、尋常じゃない。猫の毛色まで完璧に研究して作っているのか。お父さまは、水の魔力もお持ちだから、肉球や鼻のぷにぷに感は水を使っているけど、二条家は土の魔力だけだ。単一属性で、このクオリティ。恐ろしい制御力だ。土人形の能力だけで見ると、あの凝り性のお父さまを越えるかもしれない。
二条侯爵、これはもう、完全にオタクの所業だよ。
「うわぁ。可愛い。アビシニアンだよ、明楽」
峰守お爺様が、目を輝かせて近寄って来られた。優秀な孫は、その後ろで携帯を構えている。この風の祖父と孫は、毎々、抜群のコンビネーションを見せる。明楽君は、水の家の大姫だった母親を持つが、やっぱり小野の子なんだなと実感することが多い。ただただ、あの残念な伯爵と、腹黒の二の君に似ないように成長してほしいと祈るだけだ。
峰守お爺様が、アビシニアンの両脇の下から持ち上げると、明楽君が、卒なく写真を撮っていった。アビシニアンは、てしてしと、一生懸命に峰守お爺様の腕をキックしているが、お爺様の笑顔は変わらない。小野家、筋金入りの猫好きだもんね。
「みー君、いい加減にしてくれませんかね」
アビシニアンから、低い老人の声が聞こえた。どこのホラーだよ。
「
アビシニアンが小さな肩を落とし、目には諦めを浮かべていた。
「じゃあ、黙っているので、早くしてもらえませんか。私、皆さんと斑鳩でお仕事があるんですよ」
「うん、うちの孫とも写真を撮ってほしいんだけど。あ、あと、シャム猫の宣親君も一緒に」
「峰守、いい加減に利親を解放しろ。明楽も戻ってからでいいな。仕事が先だ」
お祖父さまが介入して、ようやくアビシニアンが解放された。
「利親おじさま、宣親、ふーに、くっついててもらえますか。まぁ、大丈夫だとは、思うんですけど、その猫、結構な魔力を使って合成されている魔力体なんで反発が出ることがあるんですよ」
「敦ちゃん、反発が出るとどうなるんです?」
「潰れます」
「「げっ」」
慌てて、猫二体が、がしっと引っ付いてきた。
「ふーちゃん、くれぐれもよろしくね」
二対の丸い青い目と緑の目に見上げられて、何だか嬉しくなってきたよ。やっぱり、猫は可愛いよね。
瞬間、何だか後ろで殺気のようなものを感じた。
「先代のラッシーの方が賢そうでいいのでは?」
牧田、これは、土人形だから。うちは、小さな頃から医者のいる家だから、毛の生えた生き物は飼えないと言われ続けたけど、あれは、確か、私がまだ、西都公達学園の幼稚舎にあがる前の話だ。稲荷屋にお菓子を取りにいく途中で、捨て猫を見つけて家に連れて帰ると言った時に言われたんだった。言ったのは、もちろん牧田。
やっぱり、そうか。何かおかしいと思っていたんだよ。お祖父さまも父様も、猫の毛どころか、何でも飛ばせるからね。医者のいる家の南条の大姫だって、犬猫の多頭飼いだし、病理学者の母様の実家には、色んな動物がいるし、母様自身はオカメインコを飼っている。
「二条のお爺様とおじさまは、魔力を斑鳩でたくさんお使いになるから、ラッシーをまた作り出すよりも、もう出来上がっている猫に入る方が省エネでいいんだよ」
私が庇う様に言うと、二体の猫がこくこくと必死で頷いた。今回の一連の事件で、一番の被害者はトーリ君だと思っていたけど、気苦労という点では、二条家も、なかなかの被害者だよね。
「そろそろ飛ばすから、皆、ふーの周りで、纏まってくれ」
父様の声に、東条親子もくっついてきたところに、ぼわんとした浮遊感に包まれ、それが収まるころには視界に、全く違う世界が広がっていた。鬱蒼とした森の中のようだ。
「ここ、どこ?」
「うちに所縁のある神官のいる神社の裏にある森のようだね」
アビシニアンの利親おじいさまが答えてくれた。
「オレンジ男が離れに住んでいるらしい」
享護おじさまが小声でそう言いながら、素早く私たちの前に立った。手には既に大太刀【志那津】がある。誠護おじいさまは、周りに【風壁】を張り終わっていた。手には、脇差のような五十センチくらいの刀を持っている。
さすがは嘉承の斬り込み部隊を名乗る家だよ。普段はバ〇呼ばわりされる脳筋一族とは思えない仕事の速さだ。魔力の揺らぎも一切感じなかった。本当に、【志那津】も【風壁】も気がついたら出ていたという感じだ。東条の深奥【志那津】を揺らぎなく出せるというのは膨大な魔力量もさることながら、かなりの制御力も必要だというのに、この二人を凌駕するポテンシャルが真護にはあると言われている。いやいや、超える山は高いよ、真護。
「若様、オレンジ男がここから真っ直ぐ七時の方向にいますね」
「さすがだよ。こっちの【遠見】は全く通じない。闇の魔力で周りを囲ってるな。智の話だと、オレンジ野郎の魔力は大した力じゃなかったよな。俺の魔力を弾くのは、なかなかの使い手だぞ」
「まぁ、智の基本は、瑞祥の皆さんですからね」
しれっと伝える牧田に、全員が肩を落とした。
「瑞祥に比べたら、嘉承の直系以外は、全員、大した魔力じゃないことになるね。ちょっと出直した方が良くないかな。意外に強敵かもしれないし」
アビシニアンの利親おじいさまの言葉に、シャム猫の二条侯爵も、こくこくと首肯した。
「牧田はどう思う?」
このメンバーの中で、一番の強者は牧田だ。
「全く問題ありません」
「「うわ~」」
躊躇なく言い切った牧田に、アビシニアンとシャム猫が、また私に引っ付いてきた。
「父様、こんなことなら、孝則でも用心棒で連れてくるべきでしたね」
「宣親、四条と東条が並ぶと誰が収拾をつけるの。私達には無理だよ」
皆に聞こえないように、こそこそと猫たちは喋っているけど、牧田の聴覚では聞こえすぎるほどだし、私も張り付かれているので、ばっちり聞こえる。うん、仰りたいことは分かりますよ。
「オレンジ男は、東条侯爵が行くと楽しいと思いますよ」
「何で?」
「魔力量では東条侯爵には敵わないようですが、なかなかの手練れのような気配がありますから、退屈しのぎにはちょうどいいかと」
くふりと牧田が笑った。最近、妖達といて分かってきたのは、妖がくふりと笑う時は、本当に楽しんでいる時だ。そして牧田が楽しいと思うものは戦闘だ。
それも超ハイレベルの。
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