第50話 ブラック嘉承は修羅の道

「お前も、苦労するな」


 床から立ち上がった私に、いつものように父様が、私の髪の毛をくしゃくしゃにした。だから、それ、頭が取れそうになるから止めてってば。また、牧田のチェックが入るし。


「嘉承の嫡男の人生って、つくづく修羅の道だよね」

「西都の姫の会とは、何があっても距離を取れ。精神的にも、物理的にも」


 ほんと、それだよ。君子危うきに近寄らず。今後の私の人生の教訓は、これに尽きる。


 私と父様が、部屋の隅でぼそぼそと会話していると、牧田が、美也子さんと美咲さんとお茶とお菓子を運んできた。夕食も終わっていたけど、全員が魔力を使った後だから、これは助かる。


「皆さま、お座り下さいな。ご存知の通り、総督府で、各家の当主の方々と内務省と陰陽寮からの話を伺いました。遅い時間ではありますが、それについて、今後の方針を話し合う必要があります」


 頼子叔母様が、場を仕切り出した。父様には私しか子供がいないから、彼女は、今でも嘉承の大姫を名乗る立場だ。西都では、どの公家も、他家から嫁いできた北の方ではなく、その家で生まれ育った大姫に圧倒的な支配力がある。瑞祥家が、まさにその典型。お祖母さまは、嘉承の先代公爵夫人ではなく、今でも瑞祥の大姫様と呼ばれ、三条家から嫁いできた董子お母さまよりも、発言力があるのは誰でも知っている事実だ。お祖母さまの場合は、特殊すぎて、嘉承でも、内裏でも、強烈な存在感と発言力をお持ちの姫になるけどね。


 皆が着席して、お菓子とお茶が全員の前に置かれたところで、叔母様が、話を始めた。


「今回のことは、こちらでは、西都公達学園から報告のあった、魔力検査を受けていない男子生徒が見つかったという事案で始まりましたが、皆さん、既にご存知の通り、内裏が陰陽寮と、鞍作一族の謀反の疑いをここ半年ほど調査していました。この調査グループを率いていたのが、梅園うめぞの侯爵です」


 梅園侯爵という聞き馴染みのない名前にお祖父さまの方を伺う様に見ると、にやりと悪い顔をされた。


「梅園侯爵というのは、敦人とは全く他人なのに、何故か若干血の繋がりのある、オレンジの男だな」


 父様が露骨に嫌そうな顔をして、お祖父さまに言い返した。


「俺と血の繋がりがあるなら、彰人と頼子も同じです」

「ずばり、赤の他人ですわ。兄様、わたくしが皆さまに説明申し上げているのですから、話を逸らさないで頂けるかしら」


 叔母様、強いな。父様相手に、そこまで言えるのは叔母様くらいだよ。実際、話に横やりを入れたのはお祖父さまだし。


「それで、梅園侯爵ですが、陛下直属の隠密という存在らしいのです」


 皇帝陛下のスパイなんだ。それなのに、何でオレンジの髪の毛で女装なんだろう。悪目立ちするだけだよ。


「梅園侯爵というのは、上背があって目鼻立ちのしっかりしたお顔の、普通に立っているだけで周囲の目を引くタイプらしいですわよ。女装がご趣味で、お化粧すると、三十代前半の女性にしか見えないくらいお綺麗な方だそうです」


 叔母様の説明に、東宮殿下の弟宮様たちのお顔を思い出す。確かに、性格は変わっているけど、お二人とも、ものすごい美少年だ。第二妃様の美貌のお血筋なんだろう。


「確か、宮様が臣籍降下されて梅園公爵になられた時に、ご子息とご息女がいらしたな。彼の君がオレンジ男だとすると、もう四十代くらいになるか。そう考えると、年齢不詳の四十路の男という点では、二条じゃないか。智の見立ては大したもんだな」


 お祖父さまの言葉に、二条侯爵は微妙なお顔になったが、頼子叔母様は華麗にスルーして話を続けた。


「侯爵は、隠密というお立場もあって、年齢も込みで、色々と情報が秘匿されているんです。今の内裏では、存在を知っている方は、陛下のご家族と最側近の菅原家と、先帝陛下のご学友だった一条のおじさまくらいでしょう」

「確かに、俺らも存在自体知らなかったからな。大伯父様の甥で侯爵位を持っているのに、俺達が顔も知らないなんてありえないだろう。おじさま達はご存知だったんですか」


 父様が質問すると、峰守お爺様が最初に反応した。


「うちは、ずっと内裏で仕事をしていたから、もちろん、先帝陛下の弟君の梅園公爵は存じ上げていたけど、不思議なことに、ご子息のことは、聞いたこともなかった・・・と思うんだ」

「私達も同じですね。梅園家のご子息のことは聞いたことはなかった・・・のかな」

「なー君と一緒に臣籍降下の時に、内裏に上がっているはずなのに、何で覚えていないんだろう」


 二条のおじいさまや、北条のおじいさまが首を傾げると、三条と南条の先代も訝し気な顔になった。


「なるほど。四条と東条なら覚えているんじゃないですか」

「うん、敦ちゃん、私は覚えているよ。梅園の宮には、二人、お子さんがおられたね。ご子息がいたのも覚えている」

「えーと、確か、宮様が臣籍降下された時に、なー君と一緒に梅園公爵に挨拶したよね。その時、二人とも傍にいたよ」


 お祖父さまと東条と四条が覚えているのに、他家の先代たちは分からないと言う。これは、ちょっと変だよ。何か不自然だよね。


「闇魔法だろうな。お前らの記憶を操作となると、先帝陛下だろうな」

「間違いなく大伯父様ですね。お母さまなら、一番簡単に操られるのは父様でしょうから」

「お前も似たようなもんだろうが」


 お祖父さまと父様の聞いてはいけない会話をさりげなく無視して、叔母様に質問をしてみた。


「陛下のスパイになったから、オレンジ侯爵の記憶が皆から消されちゃったの?」

「元々、引き籠るのがお好きな方で、御友人関係も限られていたらしいわ。おまけに、女装がご趣味というだけあって、参内する時と御姿が違うというのもあるみたいよ。だから、記憶を消すというより、曖昧にしたって感じかしら。いくら当代随一の闇魔法の使い手だからって、さすがの陛下でも侯爵レベルの魔力持ちの記憶を完全に消すというのは無理じゃないかしら」


 なるほど。オレンジ侯爵の御姿が内裏で違うというのは、女装でオレンジ色に染めた髪で参内すると、帝都貴族が面倒くさいからかな。多様性の時代で、西都では、叔母様や学園長先生のように女性でも要職についている人は多いし、男性でも普通にメイクを楽しんでいる人も増えてきたけど、帝都だとまだ前時代的なところがあるかもしれない。みっちー宰相みたいな、勤勉で善良な人でも、考え方は思いっきり保守だしね。


「頼、梅園侯爵が南都の外れで、鞍作と何をしているのか、分かったのか」

「それは、内裏でも把握していないそうなんです。宰相から、むしろこちらの方で調べて欲しいと頼まれましたわ」

「あいつは、丸投げばっかりだよな」


 父様は、面倒くさそうに言うけど、嘉承一族がぐちゃぐちゃに引っ掻きまわした後、最後までちゃんと後始末をしてくれるのは、いつも宰相だよ。


「頼子ちゃん、それだと梅園侯爵が陛下を裏切って敵になったのか、まだ味方なのか、把握できていないってこと?」


 三条の先代は、瑞祥には珍しく、叔母様のことを大姫ではなく、名前で呼ばれる。三条の亡くなった大姫のことを、叔母様が実の姉のように慕っていて、三条家とは、仲が良かったかららしい。


「ええ、おじさま、そういうことのようですわ」

「それで、第二妃と二宮と三宮は?」


 二条の先代が、誰もが気になることを訊くと、今度は、東久迩先生が答えた。


「梅園侯爵のお立場が定かではないので、御三方とも、御静養ということで、内裏を出て梅園侯爵邸でお過ごしだそうですわ」


 蟄居を命じられたのか。


「東宮殿下は?殿下は、弟宮のことをすごく可愛がっていらっしゃるから、ショックだよね」

「そうね。今回は、瑞祥公爵と二の君が内裏にいらっしゃるから、殿下は御二人といらっしゃるようよ」


 そっか。お父様には早く帰って来てほしいけど、そういう状況なら、内裏で殿下の御側を守る方が大事だよね。


「嘉承の大姫、東久迩の大姫、我が一族の筆頭侯爵親子は何をしているか、聞いて下さったのかな?」


 四条の先代が、にやにやしながら、私が訊きたかったもう一つの質問をしてくれた。


「一条のおじさまは、帝都議会で毎日のように帝都貴族を相手に、大熱弁の日々だそうで、生き生きとしておられるんですって。おじさまって、昔から、変に菅原宰相と気があって仲がよろしいでしょう。由貴お兄様は、反対に、日々、衰弱していらっしゃって、陰陽師の播磨さんに【回復】をかけてもらっているそうなんです」


 状況が目に見えるようだよ。


「三条のおじさま、【回復】って、ずっとかけていると効かなくなるんだよね?」

「うん、そうだよ、ふーちゃん。でも、それは人の魔力をもらった場合だね。由貴兄様は、まず間違いなく、ご自分の魔力を播磨君に渡してから、かけてもらっていると思うよ。【回復】は自分でかけると効果がないけど、人に魔力を渡してからもらうと効果があるし、自分の魔力だと副作用も何もないからね」


 へえ、そうだったのか。今度、理人兄さまに頼んで練習させてもらおうっと。いや、兄さまは、シャツの件で、私のことを変態子豚だと思っているかもしれないから、ちょっと間を置いたほうがいいよね。そうなると、手固く霊泉先生にお願いしたいところだけど、先生も最近の古代史ブームでお忙しいうえに、トーリ君の呪いの解析もあるし。やっぱり、お父さまがお戻りになるまで、大人しくしているべきだよね。


「うーん。てっとり早く、そのオレンジ野郎と斗利の父親を捕まえて吐かせますか」

「鞍作一族にばれるとマズイが、いい手が一つあるな」

「二条ですね」

「「えっ」」


 不意打ちで魔王親子に指名されてしまった麗しの二条親子の整った顔が、今は恐怖で引きつっている。


「あの、うちは、神官親子をお茶会で捕まえるというお役目で・・・」

「おう、それとは別に、斑鳩に飛ばすから、オレンジ野郎と斗利の親父とそっくりな土人形を作って置いて来てくれ。鞍作にバレるとまずいから、ちゃんと自然に動くやつな」

「ちゃんと動くやつですか。それも二体。御前、あの、それですと、ものすごい魔力量が必要になるんですが・・・」


 出たよ。お祖父さまの必殺技。誰でも、すぐに手下にして、躊躇なく命令しちゃうんだよね。


「おう。ふーが、魔力の粒を作れるようになったから、問題ないぞ。ふー、峰守に作り方を習ったんだろう。二条親子に付き添って、必要な分、渡してやれ」


 げっ、また私、お出かけするの?天河の狐の里やら、喜代水やら、普段の出不精生活からは、考えられないほど外出続きだよ。ブラック嘉承は、やっぱり人使いが荒いな。


「それと、東条家は、今回、出番がないとボヤいていたな。ふーと二条と一緒に斑鳩に行って、ちゃちゃっとオレンジ野郎と斗利の親父を拉致って来てくれ」

「はい、御前、任せてください。ありがとうございます」

「うん。分かったよ、なー君。うちは、そういうのは得意だからね」


 いやいやいや、享護おじさまも、誠護おじいさまも嬉しそうだけど、拉致って犯罪だからね。得意にしちゃダメなやつだよ?

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