第5話 美食家なのに、悪食って言われたよ

熱いっ。何だよ、この熱風は。何てものを作り出してくれるんだ、あの大人たちは。直接喰らったら、肌が確実に焼け爛れちゃうよ。


「素晴らしいシンクロですね。四侯爵が、それぞれの魔力を合わせて火と風の龍を作り上げました。これは、さすがの喜代水も予想だにしていなかったのでは」


 宰相の実況に、賀茂さんのお父様が冷静に解説している声が会場に響いた。さすがは先の陰陽頭、魔力器官が壊れたといっても、魔力を視る眼は、まだ健在なんだな。


 しょっぱなから、魔力持ちの都の西都でも、最上位に君臨する四人の魔力を合わせてくるか。これ、新年のお祝いの御前試合だよ。おじさま達がやってるのは、ハルマゲドンじゃん。


「皆、下がって!私が相手するから」


 龍が咆哮をする度に、もの凄い熱風が襲ってくる。雪や氷を操る妖に当たれば致命的だ。


「もっちゃん、出撃!」


 ぼこりと土が大きく盛り上がり、むくむくと形成されていく巨大な茶色いゴーレムに、会場中が息をのんだ。


「また何かおかしなのが出たーっ。嘉承の小魔王は、何でいつもあんな気の抜けた生き物を作るんでしょう」

「あれは、モグラですか。ぽっちゃりして可愛いですね。あのサングラスは、土の中に含まれる石英を集めて作るらしいですよ。あの年齢で信じられない魔力制御です」


 宰相、私のもっちゃんをディスるのは、働きを見てからにしてよ。秋から土御門さんに土の魔力制御の特訓を受けたからね。賀茂のおじさま、このぽっちゃりモグラは、可愛いだけじゃないよ。


 熱風の龍が、もっちゃんに照準を定めた。


「英喜、気をつけろ。ふーちゃんのゴーレムは間抜けな見た目の割に、極悪だからな」


 享護おじさま、極悪はひどいよ。でも、そうか、四人の魔力を合わせた龍を操っているのは英喜おじさまなんだな。文福叔父様に目配せすると、そろりと十六羅漢が錫杖を胸に構えた。笑う遊環たちも空気を読んでいるのか、静かにしている。どこかの風の人間たちよりも、よっぽど話が分かるじゃないか。


 巨大なもっちゃんのおかげで直接熱風が届かなくなったとは言え、とにかく熱い。文福叔父様と東雲さんが、せっせと龍の熱風を分解して、そこからゆきさんが冷風を送ってくれているが、ここで彼らの魔力と妖力を使わせるわけにはいかないんだよ。


 赤と緑の派手な鱗を持つ龍が、きりっと首を持ち上げて、岩をも溶かす灼熱の風を出そうと口を開けようとする。


 ぱくん。


「あらっ」

「龍が」

「モグラに」

「飲み込まれた」


 おじさま達が目の前の光景に呆然としていた。モグラには鋭い爪があるからね。モソモソとしていると油断させて、風の魔力で龍を確保したよ。小野家にもらった【帆風】と【山背】が私自身の風の魔力を後押ししているので、めちゃくちゃ早い。


 会場にいるほとんどの人には、ぽっちゃりモグラのもっちゃんのまん丸の手から10本の黒い爪が伸びて、華麗な龍の首を捕まえ、飲み込んだところは見えていなかったと思う。気がつけば、龍が消え、大きなモグラが、もぐもぐと何かを咀嚼しているように見えているはずだ。もっちゃんは、今、私がもらった火伏の魔力と東雲さんの風を喰らう魔力を合わせて使って、四侯爵の魔力をせっせと分解しているんだよ。画像を超スロー再生にすると、もっちゃんの素敵なお仕事が分かると思うけど、お子様が夜に魘されそうな絵になっているはずなので、VousTubeでは年齢制限が必要かも。


「早くも出ましたっ、嘉承の小魔王スペシャル、悪食ゴーレム!」


 宰相の実況に会場が盛り上がる。


「モグラから、夥しい量の魔素が出ています。あれは四侯爵の魔力を練り合わせた龍をもの凄い勢いで分解していますね。瑞祥公爵の結界がないと、我々でも魔力酔いを起こすでしょう」


 おじさま達が魔力の供給量を上げ、龍がもっちゃんの中で暴れる度に、もっちゃんの体が大きく膨張する。でも、このゴーレムボディには、土山さんの魔力を乗せているので、いつもの私のゴーレムよりも強化されているからね。


「無理だ、龍を形作っていた俺達の最初の魔力が、もう完全に分解されている。英喜、龍は捨てろ!」


 享護おじさまが叫んでいるところに、十五本の錫杖が一斉に伸びて、英喜おじさまを攻撃した。


「英喜っ」


 織比古おじさまと享護おじさまの【風壁】が飛び、英喜おじさまを守ろうとしたが、一本、他の錫杖よりも確実に早い錫杖が、英喜おじさまの鳩尾を目掛けて真っ直ぐに伸びて、遊環がその胸に喰らいついた。


「ぐわあぁああ」


 英喜おじさまの苦悶の声が聞こえた。文福叔父様の遊環が金の蛇の形を取り、火伏の力で英喜おじさまの火の魔力を絞り取っている。


「文福、坊主が洒落たことしてんじゃねぇぞ」


 享護おじさまが怒鳴りながら、文福叔父様の錫杖を大太刀で切り捨てた。


「出ました。嘉承家の中でも超武闘派の東条家の奥義【志那津】です。喜代水の伝説の錫杖の攻撃を十五本も受けた西条侯爵ですが、大丈夫なんでしょうか。気になりますね」


 そこに、レフリーが笛を吹いて、片手を上げた。ぼこりと土が盛り上がり、お父さまのゴーレムとよく似たレスキュー部隊がストレッチャーを持って現れた。


「さすが兄弟、魔力も似てるなぁ」


 今日のレフリーは、悪魔の双子だ。これだけの魔力と妖力が流れる中では、並みの魔力持ちでは魔力酔いを起こしてしまうが、遥人叔父様と悠人叔父様は、魔力量が大きく、制御も間違いないので、今日はレフリー兼、レスキュー対応として参加している。企画立案者として責任があるらしい。


「私は、まだやれる」


 英喜おじさまが立ち上がり、レスキュー部隊を押しやろうとしたが、会場全体に父様の声が【遠見】で響いた。


『アウトだ、英喜』


 英喜おじさまはがっくりと肩を落として、自分でストレッチャーに倒れ込むように横になった。レスキュー部隊が、そそくさと闘技場の外に設置された救護班と書かれたテントに連れて行くと、テントの中から「デブもぐらに負けたーっ、悔しいーっ」という叫び声が聞こえたので、怪我の具合もそれほど酷くはなさそうだ。おじさま、もっちゃんは、デブじゃなくて、ぽっちゃりさんだよ。


「ま、あれだけ大きな声が出せるんだったら、問題ないでしょ。じゃあ、試合再開!」


 ピッと遥人叔父様が笛を吹くと、とたんに、今度は十四本の錫杖が陰陽師に襲いかかった。英喜おじさまには【火箭】があるからね。あの火の矢があるうちは、敵陣には、おいそれと攻め込めないから厄介だったんだよ。火と風の龍は予想外だったけど、英喜おじさまを最初に狙うのは予定通りだ。


 喜代水の十四本の錫杖で、狙われた陰陽師十四人のうち、十二人の陰陽師が倒れた。ピピーッとレフリーの笛が聞こえ、悠人叔父様が片手を上げたので、またもや一旦試合休止となり、二十四体のレスキュー員が十二のストレッチャーとともに現れた。一気にあれだけ出ると壮観だな。双子の叔父様たちのレスキュー部隊は、手際よく十二人の気絶した陰陽師を回収していった。


 風の葉月さんと、水の播磨さんの二人は【風壁】と【結界】で、錫杖の攻撃を凌いだようだ。賀茂さんに言われて、二人が賀茂さんの近くに後退して、代わりに副将の土御門さんが前に出て来るのが見えた。


「きゃああああっ、晴明さまぁあああ」


 会場の女性たちから、ものすごい音量の黄色い声援が飛んだ。近くにいる嘉承の三侯爵が「けっ」という顔をしている。うん、気持ちは分かるよ。


「皆、いいね。三侯爵に総攻撃をかけるよ。土御門さんは、私がやる」


 こっちは、まだ誰も倒れていないからね。さすがの三侯爵も喜代水の十五人を同時に相手では、無傷では済まないと思うよ。


「にゃん、わん、出てこいっ!」


 闘技場に、また巨大なゴーレムが二体出現し、会場は大いに盛り上がった。


「出るか出るかと思ったら、本当に出ましたーっ。嘉承のデブ猫ゴーレムとデブ犬ゴーレムです。猫が風で、犬が火を纏います」


 みっちー宰相、なんて実況してくれるんだよ。にゃんころとわんころは、ぽっちゃりさんなんだってば。去年、峰守お爺様や、土御門さんの特訓を受けて制御が、ちょっと上手くなって、その分、痩せたんだから。


「ほお、嘉承の君の戦い方は、始祖様と全く同じですね。始祖様は、一つも武器を持たず、土や木や紙などで作った式神に四つの魔力を通して使役していたという伝説があります」


 それはね、多分、不比等が私と同じで怖がりだったからだよ。私は運動音痴だから、武器は扱えない。それに近くで戦うのは無理。血とかついたら失神しちゃうよ。


 にゃんころとわんころの出現で起きた土埃を隠れ蓑にして、喜代水の十五人が嘉承の三侯爵に向かって進撃した。瞬間【風巻】が飛んで、土埃が一掃された。享護おじさまだ。


「うりゃああああ」


 十六羅漢が錫杖に妖力を漲らせて、一斉に三侯爵に襲い掛かる。時影おじさまに文福叔父様が単身で挑み、三位のゆきさんは、五位の土山さんと十四位から十六位の三名と一緒に五人で織比古おじさまを狙う。風を喰らう東雲さんと残りの妖の八名は、わんころと一緒に、享護おじさまを襲う。このフォーメーションは四人の攻撃力を生まれた時から知っている私が考えた。


「何だよ、付け焼刃のくせに、やけに統率が取れてんな」

「ふーちゃん、手口がえげつないねぇ。こんな綺麗な白いレディを、この南条が攻撃できるとでも?」

「くそっ、私が文福の相手か。一番貧乏クジじゃないか」


 三人は、まだふざけた会話をしていたが、表情から、少しだけ余裕がなくなっていた。守りの西条がいなくなれば、嘉承の足元が崩れるんだよ。後は、純粋な攻撃力のぶつかり合いになる。そこに火伏せと風喰いが加われば、確実に勝機が見えてくるからね。


 火伏の文福叔父様には、火が使えないと知っている時影おじさまは、魔力を自分の体力に変換することを選んだようだ。文福叔父様の、遊環がついた上部が切り取られた錫杖は、それでもまだ相当の長さが残っている。北条の燃えていない大きな【火扇】が、錫杖を叩き、そのまま激しい打ち合いになった。北条侯爵家は、先祖代々、学者一家なのに、さすがは父様の側近。武術も凄いな。


 その横で【風壁】の中にいる織比古おじさまを、引きずり出そうと、ゆきさんが氷の錫杖で、他の三名も錫杖に妖力を流して、透明の壁を叩いていた。五位の土山さんだけが素手で、タコ殴りだ。うん、どこぞの宮家の大姫のように、土らしくていいね。織比古おじさまには、女性とは絶対に戦わないという信条があるから、ゆきさんをリーダーにして正解だ。これで、南条の厄介な【風鞭】を抑え込むことが出来た。


「何だよ、俺のところだけ、やけに数が多くないか。ふーちゃんの犬っころまでいるし」


 犬っころじゃなくて、わんころだよ、享護おじさま。喜代水チーム九名の中には、風を喰らう東雲さんがいるので、わんころに守らせる。東雲さんがいる限り、享護おじさまの魔力は、いつもより威力を弱めることができる。


 そして、私は私で、今から土御門さんの相手があるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る