第4話 嘉承の先制攻撃が出たよ
御前試合当日。会場の曙光ドームは満員御礼状態で、悪魔の双子と、悪魔に魂を売った宰相は大喜びだ。トトカルチョも大人気で、想定の数倍の売り上げだったらしい。叔父様達こそ、過ぎたる欲は身を滅ぼすってやつだよ。
「ふーちゃん、怖くなったら、旗を倒せば直ぐに試合終了だからね。何も気にすることはないから、怪我だけはしないでね」
お父さまは心配でたまらないというお顔だ。
「彰、そんな仲間を裏切るような情けないことを嘉承ができるか。ふー、魔力の最後の一滴まで使って粘れよ。陰陽師達は、喜代水の妖どもに任せておけ。西条と北条は、文福に任せておけばいい」
そうだったよ。おじさま達の火は、火伏せの文福おじさまには通じない。
「南条は、小野にもらった風を使って押し返せ」
「父様、東条は?」
「享護は、まだお前では無理だ。あいつもお前を相手にする気はないから安心しろ」
「でも、享護おじさまが責めてきて、旗を倒されたら負けちゃうよ」
「享護が旗倒しみたいな子供の遊びに真剣になるかよ。あいつの狙いは、一人だけ。絶対にふーの前に現れるから、それまで峰守おじさまに教わった鉄壁の小野の【風壁】で旗を覆って耐えてろ。最後には間違いなくお前が勝つ」
何それ、享護おじさまの【志那津】が相手じゃ、私の【風壁】なんか一刀両断だよ。
「間違いなく勝つって根拠が分からないよ」
「お前以外の誰がお菓子を食べただけで魔力が元に戻るんだよ。魔力が拮抗した時は、先に魔力が切れた方が負けるからな。あいつらも深奥を出したままだと、それなりに魔力を持っていかれるんだよ」
そんなもんかなぁ。今日の私は、昨日、西都の我が家を発つ際に牧田に手渡された、お菓子がパンパンに詰まったリュックサックを背負っている。陰陽寮チームと四侯爵が狩衣姿に、それぞれの得物という凛々しい装いというのに、喜代水チームは、基本、僧侶の法衣姿だけど、妖率が高いので、めちゃくちゃ独特に着崩している。ちなみに、大将の私自身が「小学生が遠足に来たのか」と一億人の曙光国民からツッコミを受けそうな、西都公達学園の制服にリュック姿だから、人のことは言えないけどね。私は武器を使わないから、しょうがない。
「一億人の曙光帝国民の皆様、大変長らくお待たせしました。陰陽師チームと喜代水チームの入場です」
会場のアナウンスは、なんとみっちー宰相の声だった。何やってんだ、帝国の頭脳!
「本日は、ワタクシ、宰相の菅原満真が実況、解説は先の陰陽頭の賀茂保憲氏でお送りします」
会う度、毎日、毎日忙しいとボヤいていた人とは思えないほどに浮かれまくってるよね。二百億円の効果は凄まじいな。解説は、賀茂さんのお父上が引っ張り出されたのか。私のぽんころ人形をもらってくれた人だ。
「お父さま、父様、じゃあ、行って来ます」
「うん。ふーちゃん、行ってらっしゃい。気を付けて」
「おう。暴れてこい」
心配と不安が隠せないお父さまと、完全に面白がっている父様、両極端な二人の父に見送られて、喜代水の仲間に合流した。喜代水の仲間たちは、私がよちよち歩きの頃から叔父様のところに訪れるたび、小僧さん達と遊んでいるところを、こっそりと見守っていてくれたそうだ。どこのストーカー集団だよ、なんて思ってないからね。
そんなことで、今回、私が大将に納まっても、誰一人反対する声もなく、むしろ、完全に「保護者モード」のスイッチが入っているようで、叔父様曰く、めちゃくちゃ士気が上がっているらしい。妖というのは、特に妖力の大きい上位者になると、実は面倒見のいい気質を持っていることが多いそうだ。あの土蜘蛛の古妖も、麻生仁郎や高村愛や学生達を利用していたけど、可愛がっていたことも事実だから、信憑性のある話だ。
「それに、ふーちゃんがいると、二位が来ますからねぇ。今日は、楽勝でしょう」
文福おじさまが、檜扇の裏でほくそ笑んでいる。この人、こういうところは、僧侶のくせに、公卿の所作が抜けていないんだよね。檜扇は、西都風、帝都風に関わらず、公家の男子の正装の必需品だ。
それにしても、いつもいない二位が、確実に現れると父様も叔父様も踏んでいる。そして、享護おじさまの狙いは二位だけだという。まぁ、享護おじさまと対峙しなくていいなら、私はそれでいいよ。旗だけ倒さないようにすればいいんだよね。
私たちがと闘技場に設えられたドームの真ん中まで歩いて行くと、地鳴りかと思うほどの大きな歓声に迎えられた。もの凄い熱量だ。さっき落ち着いた気持ちが、またザワザワしてきた。
向かいから、賀茂さんの率いる陰陽寮チームが歩いてきて、賀茂さんも、土御門さんもちょっと困り顔だ。一番後ろに、嘉承の四侯爵が陣取って、今日は敵になる私に向かって、手まで振っているよ。私はガチガチに緊張して、賀茂さんたちは困惑しているというのに、あの人たちは、腹が立つくらい余裕だよね。
「それでは、曙光帝国の皇帝陛下、曙光
厳かな曙光帝国の国歌と共に、この国で最も貴い三人が会場入りされ、貴賓席に御着きになるまで、会場にいる国民は頭を下げてお迎えしなくてはならない。私のチームで、頭を下げているのは、私と叔父様と東雲さんと土山さんだけだ。四人以外は、妖なので、人の王には頭を下げない。
「皆、新年、おめでとう。祝賀行事の数日後で、特にこの場で私の演説を聞きたいと思う者もいないだろうから、省略するよ。私も、皆と同じように早く対戦がみたいからね」
陛下のお言葉、軽いな。四万五千人の観衆の中に、くすくすと明るい笑いがもれた。
「今日の売り上げは、内務省と大蔵省から発表があった通り、全てを復興基金にする。厄災で被害を受けた皆の暮らしも、少しは楽になっていくものと信じている。これまでの復興支援と、今回の試合開催にも大きく貢献してくれた西都の嘉承と瑞祥の両一族に感謝を述べたい」
そこで陛下が間を置かれると、大きな拍手と歓声が起こった。先帝陛下と東宮殿下が、一瞬だけ、私の方を見てにっこりとしたお顔を見せて下さった。
「それから、内裏での大きな被害を受けながらも、国のために日々、粉骨砕身で働いている宰相以下、官吏の皆にも感謝を」
ここでも大きな拍手が起きた。私も一緒になって拍手したよ。みっちー宰相は、性格的にはちょっとアレだけど、基本は善良な人だし、国のために必死で働いているのは本当だからね。
胸に手を当て、頭を下げている宰相に、マイクが渡された。
「陛下のお言葉、誠にありがとうございます。この菅原満真、帝国の繁栄と国民の幸福で豊かな生活のために、身も心も捧げる決意をあらたに、宰相の任を全うする所存です」
嘉承一族の間で「けっ」という声が聞こえたが、嘉承に耐性のついた宰相は気にせず無視して、そのまま対戦のルール説明を始めた。
「それでは、皆様、陛下も早くご覧になりたいとご希望ですから、さっさと内容をご説明しますよ。此度の対戦では、陰陽師側の大将が陰陽頭の賀茂義之氏、喜代水側の大将が嘉承公爵家嫡男の不比人卿です。お二人の後ろにある旗が先に倒れると負けになります。一戦四十分で、間に十五分休憩を挟みます。なお、観覧の皆様にお怪我のないように、本日は特別に瑞祥公爵が結界を張って下さいます。また、対戦で負傷した者は、これも特別に瑞祥の大姫様から治癒魔法のオファーを頂戴しております」
お父さまとお祖母さまが、流麗な所作で貴賓席から立ち上がり、軽く会釈をすると、今度は大きな歓声ではなく、「ほぉ」とため息がもれた。ちょっと、お祖母さま、陛下と先帝陛下の間に御席を頂いているよ。怖すぎる。現在の帝国では、皇后陛下がいらっしゃらないけど、あれはアリなのかな。
お祖母さまの御席に驚いていると、大きな声が聞こえた。
「若様―っ。頑張ってーーっ。陰陽師なんかー、ボコボコですよー」
振り向くと、「ふ」「ー」「ちゃ」「ん」「が」「ん」「ば」「れ」「!」と、それぞれの文字が書かれた、キラキラ光るモールをつけた団扇を持ったプレーリードッグの小僧さん達がぶんぶんと手を振っていた。三人増えてる・・・。
「ボコボコにされちゃうんだ、私達」
陰陽師チームは苦笑いだ。
「いやーっ、晴明様の美しいお顔だけは傷つけないでーっ」
反対側から、黄色い悲鳴が聞こえた。土御門晴明様をお支えする会のお姉さん達だ。向こうは、妙齢のきれいなお姉さんたちの声援で、私を応援するのはプレーリードッグの妖の小僧さんたち。・・・うん、本気でボコボコにしよう。
「それでは、皆さん、位置について下さい」
宰相の指示に従い、それぞれの陣地で旗を立てる。私の旗は、白地に嘉承家紋の藤の花を紫糸で刺繍してもらい、私の魔力の四つの色の長い紐飾りをつけてもらった。陰陽師チームは赤地に賀茂分雷神と黒糸で刺繍された旗の上部に賀茂家の家紋の二葉葵がある。両陣ともに見事な職人技による華麗な幟が立った。
「用意はいいですか」
宰相の言葉に両陣営から、魔力を錬成している濃厚な空気が漂い始めた。うちの陣営は、ほとんどが魔力でなくて妖力だけどね。しゃらんしゃらんと、叔父様たち十六羅漢が持つ喜代水の錫杖についた遊環が笑うように音を立て始めた。あれ、多分、意志のあるモノたちだよ。俗にいう、付喪神だ。やっぱり、うち、かなりヤバい集団かもしれない。
一人足りない十六羅漢が獰猛な目で凝視しているのは、陰陽師たちの前にいる、嘉承の四侯爵だ。臨戦態勢の陰陽師たちと違い、おじさま達は、得物も出さず、気軽な感じで立って、いつもと全く同じ雰囲気でお喋りをしている。
「嘉承の四条は、我らを小馬鹿にしているのかえ」
三位のゆきさんの妖力が上がった。ゆきさん、寒いって。
「ゆきさん、違うよ。あの人たち、絶対に何かロクでもないこと考えてるからね。変な挑発にのったらダメだよ。先ずは作戦通りに頼むよ」
ゆきさんは静かに頭を下げて了承の意を伝えてくれた。雪女のゆきさんは、クールビューティーなんだけど、妙に性格が熱いんだよね。
「それでは、四十分勝負、始め!」
宰相の声が聞こえたとたんに、ゴオオオッと紅蓮の火柱が上がり、凄まじい強風に煽られて、火柱から、その神々しい姿が現れた。
龍だ。
「出たーっ、いきなり嘉承の四侯爵から、とんでもない先制攻撃が出たぞーっ」
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